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第8話 種
次の日、朝の鍛錬から戻るとレーアが訪ねて来た。
少し緊張しているような、それでいて何かを決断したような、凛とした雰囲気があった。
「おはようございます、フィデリオさん」
「ああ、おはよう。昨日はよく眠れたか?」
「はい、おかげさまで。フランツさんはいますか?」
そう来るだろうと思った。
父親のことを聞きたがっていたし、何か話したいことがあるのだろう。
「ああ、そろそろ起きるだろう」
そう返して村長の家に入ると、フランツは寝ぐせのついた頭のままお茶を飲んでいた。
「おはよー、レーア」
「おはようございます」
「レーア、ちょうどよかったよ。お二人は今日の昼にはお帰りになるらしい。私としてはもっともてなしたいのだがね」
「十分お世話になりましたよ」
「いやいや、村を救ってくださったのですから。まだまだ恩返しをさせていただかないと」
村長は俺たちのことをかなり気に入ってくれたようだ。
昨日も帰ってから事の顛末を報告した時、泣いて喜んで何度もお礼を言われた。
正直、魔法使いに対してここまで好意を見せてくれる人は初めてで、驚いた。
「ありがとー、村長さん。また来た時の楽しみにしておくねー」
「はい、いつでもお待ちしています」
寝ぼけているのか、フランツはいつにも増して締まりのない顔をしている。
「それで、レーア。何か話があるんでしょ?」
「はい、あの…」
一度下を向き、手を胸の前でぎゅっと握って、レーアは顔を上げる。
「私を、都に連れて行ってください!」
「…っ!」
「あははっ!」
俺とフランツは顔を見合わせた。
「えっと、あの…」
「俺たちから誘おうと思ってたのにー」
「…え?」
レーアはキョトンと目を丸くする。
本当に見ていて飽きない。
「何で行きたいの? 観光?」
「いえ、あの…出来ればお仕事をしたいと思っています。私はこの村のことしか知らないから。だけど、もっといろんなものを見てみたい。それでいつか、イダに…親友の魔女に会いたいって思っています」
「じゃあ決まりだ」
「実は魔法省では今、人手を探しているんだ。最近妙に事件が多くて手が回っていなくてな」
「でも誰でもいいって訳じゃないからね。魔法使いのこと理解してくれる人じゃないと。その点レーアなら大丈夫じゃないかって、昨日話していたんだ」
「ああ、薬草の知識もあるし、親友が魔女なら抵抗もないだろうってな」
「あ、あの、えっと…」
「もちろん、今すぐ決めなくてもいい。他の仕事を見てからでも…」
「俺はレーアがいいー」
「わがまま言うな」
「あの! わ、私、魔法省で働きたいです!」
握っていた手を、さらに白くなるまで握りしめている。
未知のものへの希望と不安が入り混じった、期待の瞳。
綺麗だ、と思った。
あらかじめ荷物をまとめていたのだろうか、待ち合わせ場所につくと既にレーアが村人に囲まれていた。
「レーアちゃん、体に気をつけるんだよ」
「都が嫌になったらいつでも帰っておいで」
「薬草のこと、いろいろとありがとうね」
「いいえ、簡単なメモだけだけど、家に残していく分を使ってもらえるなら父さんも喜ぶから」
「コードさんのお墓は、私たちに任せてね」
「ありがとう。よろしくお願いします」
レーアはやはり、村人全員から愛されている。
率直にそう思った。
「レーア、待たせたな。ん、そんなに荷物が少ないのか?」
レーアが持っているのはボストンバック一つだけだ。女性はもっと大荷物になるものかと思っていた。
「イダが言っていたんです。『どうしてもこれじゃなきゃっていうもの以外は、行く先で買う方が選ぶ楽しさがあって良いでしょ』って」
「なるほど、確かに」
俺たちが笑い合っていると、フランツがあくびをしながらやって来た。
「レーア、この森の植物は何か持ってきてる?」
「はい、家にあった薬草を少し」
「んー、じゃあ取りに行こう」
返事を待たずにフランツは森へ向かっていく。
レーアは驚いて俺を見上げるが、俺が頷くと安心したように笑った。
「早くおいでー」
「あ、はい」
走り出す背中を見ながら、俺もゆっくりと後に続く。
何故、植物が必要なのかおおよそ見当はついた。
森の入り口で2人に追いつくと、フランツは木に登ってレーアがそれを見上げていた。
「何にしたんだ?」
「あ、種を持って行けってフランツさんが」
「種か、いいな」
「あの、これは何のためなんでしょう? 都ならこの木の種くらい手に入るんじゃないんですか? そんなに珍しいものでもないですし」
「ああ、まあそうだろうが、重要なのはこの森の植物だってことだ」
「取れたよー」
フランツが飛び降りて来る。
「ありがとうございます」
「はい。これ、大事に育てるんだよ」
「育てるんですか?」
「ああ、いきなり知らない土地に行くんだ。故郷のエネルギーを感じられるものがある方が、レーアの精神的に良い」
「エネルギー…とか、私分からないです…」
「いいから、いいから」
「お守りだと思えば良いさ」
「お守り…」
「この森の精霊はずっとレーアのことも見てたんだよ。種を持って行けば、精霊もレーアのことを感じられる。お互い目に見えないとこで繋がっていられるんだ。今は分からなくても、いつかレーアの助けになるよ」
「そう…ですか」
小首を傾げながらも、受け取った種を大事そうにハンカチに挟む。
「さ、じゃあ行こう! 俺の箒に乗る?」
「やめておけ。フランツの飛行は初心者向きじゃ無い」
初めてフランツの後ろに乗せてもらった時のことを思い出し、吐き気が蘇る。
「そ、そうなんですか?」
「俺の箒にしておけ。安全第一で連れて行ってやる」
「ふふ。じゃあ、お願いします」
「えー? フィデリオずるーい」
「やかましい」
村人に見送られながら、3つの影が飛び立っていく。
手を振りあって、やがて小さくなっていった。
「コード、今こそ約束を果たそう。私は私の出来ることを」
そっと墓石に呼びかける。
風が吹いて、その音はすぐに消えていった。
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