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第1章 自分の可能性
第1話 祝福の魔法
美しい満月。
今日はよく晴れて、月の光が真っ直ぐに届いている。
こうして家の屋根に登って月光浴をするのは久しぶりだ。
明日から、新しい生活が始まる。
それは必ずしもワクワクするものではない。
だけど、父のくれた言葉が、きっと導いてくれる。
ーレーア、君の…
「あれ?」
見上げた満月を横切る影が見えた。
鳥かと思ったがそうではないらしい。
ゆったりと外套をはためかせながら、箒に乗る姿が2つ。
1つは箒に乗ったまま、くるりと一回転した。
「魔法使いだ」
こんな田舎に魔法使いがいるのは珍しい。
この村にいた唯一の魔女も、先月旅立ったところだ。
自由にどこにでも行けて、望むものを何でも手に入れられる魔法の力を持つ彼らには、山奥のこの村は退屈すぎるのだろう。
「いいなあ」
月の影を行くその姿を目で追いながら、知らず、口から漏れていた。
彼女の笑顔が目に浮かぶ。
自由な私の親友が箒に乗せてくれた満月の夜を思い出す。
空の上に自分がいるという経験は、私の世界を広げてくれた。大きいと思っていた家や木もちっぽけで、代わりに満点の星空の中に飛び込んだ気持ちになった。
だけど、あれは彼女の力。
私のものではない。
あの力があれば、私も一緒に旅立てたのだろうか。
ひとりぼっちで泣くことも無かったのだろうか。
無理やり考えないようにしていたのに、自然とそちらに思考が傾く。
何者でもない自分を肯定するかのように、目元が熱くなっていく。
「こんばんは、お嬢さん。いい夜だね」
突然真横から声がして、私の肩がびくりと跳ねる。
見るとそこには長身の男性が立っていた。
長い銀髪を夜風に遊ばせ、月の光が映し出す整った顔立ちは、美し過ぎて怖いくらいだ。
「あ、えっと…」
「隣にお邪魔しても?」
「は、はい」
とっさに頷いてしまった。
この村の住人ではない。そう思った時点で警戒すべきは明白なのに、そう出来ない。
完全に呑まれている。
自分でもはっきりとそう自覚できるくらい、彼の持つ雰囲気は圧倒的だった。
優雅な仕草で私の真横に腰を下ろし、月に微笑みを向ける。
「月には魔力があるからね。魅せられてしまったのかな」
「え…?」
「魔法使いに憧れているのかい?」
「えっと…」
ようやくわたしの警戒心が正常に働き始めた。
屋根の上とはいえ、ここは私有地だ。
しかもこんな夜中に。
戸締りはきちんとしたはずだし、壁を登って来るような人には見えない。
それなのにここにいるということはー
「あ、あなたは誰ですか? もしかして魔法使い?」
「申し遅れたね。わたしはオズワルド。コードが亡くなったと聞いてね。さぞ辛かっただろう」
紳士的な仕草で一礼して名乗った彼は、父の名を口にした。
「あ、父の知り合いですか! 私は娘のレーアです。すみません、葬儀はもう…」
「ああ、分かっているよ。だが君の顔が見れて良かった」
その笑顔は慈愛に満ちている。
心から父を思ってくれて、一人娘のわたしを心配してくれているのだろうと分かる温かさだ。
父は私が生まれる前、都で働いていたと聞いた。その時の知り合いだろうか。
どうりで都会的な雰囲気だ。それならば魔法使いというのも納得できる。
何せ父は、魔法使いの人たちと仕事をしていたのだから。
私が生まれる前、父は都の「魔法省」というところで仕事をしていた。その時に母と出会い結婚したのだが、私を産んですぐに、母は亡くなった。
父は私が寂しくないようにと故郷の村に戻り、薬草屋として村の人たちと一緒に17年間、私を育ててくれた。
それが、つい先日ー。
「まさか人間が暮らす村に、魔法生物が出るなんてね」
「はい、私も初めて見ました」
「さぞ怖かっただろう。君に怪我は?」
「大丈夫です…父が守ってくれましたから」
「そうかい」
魔法生物。
魔法使いと同じ、不思議の力を持った生き物で、翼もないのに空を飛んだり、口から火を吐いたり、様々な能力を持つ。
通常そういったものは、人間のいる場所には寄りつかないと言われている。実際私もあの時が初めてだった。
ただ父は、魔法使いと仕事をしていた経験から、すぐにそれと分かり村人を逃がしてくれたのだ。
最後まで村に残った父は、私たちが避難した場所には現れず、待ちきれなくなって村へ戻った時、広場に腕が一本落ちているのを発見された。
何度も私を抱きしめてくれた腕だ。何度も私の頭を撫でてくれた手に、見覚えのある結婚指輪がはめられていた。
魔法生物は狼を二回りほど大きくした姿で、右目に大きな傷があった。
それに、喰われたのだろう。
父の体と一緒に魔法生物も姿を消していたので、山に帰ったのだろうと思われるが、念の為村の大人たちが辺りを警戒してくれている。
今も、松明の明かりが森の方でチラホラと光っている。
「レーア、これからどうするんだい?」
「え…?」
「この村に残るのかい?」
「はい、父の跡を継がないと。それに、私はこの村しか知らないし…」
「…そうかい」
オズワルドさんは、一瞬眉を下げた。
だがそれはすぐに消え、また柔らかな微笑みの形になる。
「君に祝福の魔法を。目を閉じて」
「え、は、はい」
「…」
素直に従った後、何かの言葉が聞こえた。
たがそれは口の中で呟いた音で、はっきりとは聞こえなかった。
直後、温かな風が全身を包んだような心地よさを感じる。
これが、祝福の魔法ー
「またね、レーア。良い夢を」
目を開けると、そこにオズワルドさんは居なかった。
夢を見ていたのだろうか。
そう思えるくらい、現実味がない。
ふと、本当に彼はいたのだろうかと疑ったほどだ。
だが、父に似た優しい声を聞いたからだろうか、ほかほかと心が温かくなっていることに気づき、ゆっくりと眠れそうだと思った。
の、だが。
「みんな起きろ! あいつが戻ってきた! 早く逃げるんだ!」
その悲鳴で、一気に体温が下がった。
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