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「ヴィオレーヌ王女とお見受けする。主の命により、ここで死んでいただく」
剣の柄に掘られた紋章は、ルウェルハスト国のものだった。
野盗を装うなら武器も違うものを使えばいいのにと冷静に思えるヴィオレーヌは、きっと、死を前にしてすべてを諦めてしまっていたのだろう。
ルウェルハスト国に嫁ぐと決まったときに、ある程度は死を覚悟していた。
まさかこんなに早く訪れるとは思わなかったけれど。
でも、最後に一つ訊きたくて。
凪いだ黒い瞳を男に向けて、ヴィオレーヌは訊ねた。
「主とは、ルーファス王太子殿下ですか?」
男は答えない。
ただ、肯定するようににやりと笑うだけだ。
それで充分だった。
どうやったところで、この場から逃げられるとは思えない。
ヴィオレーヌの生みの母――ヴィオレーヌを生んですぐになくなったという母ならば、この状況を打開することはできただろうか。
力の強い魔術師だったという母のようにヴィオレーヌが強ければ、違う未来もあったかもしれない。
きゅっと、ヴィオレーヌは唇をかむ。
ここでヴィオレーヌが殺されれば、このあとどうなるかは火を見るより明らかだ。
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