第1話 最悪の目覚め

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第1話 最悪の目覚め

 目が覚める。息苦しい暗黒の中に御堂水月(みどう みづき)は居る。  ここはどこなのか。自分は今どこにいるのか。  顔には布が覆われている感触があり、その隙間から土の臭いがした。  布の隙間から見ても暗黒なのは変わらない。  自分が真っ暗な土の中にいると感じた時には恐怖しかなく、思わず悲鳴を上げた途端、布の隙間が開き、口の中に土が入り込んできた。  ゴホゴホッと土を吐き出す。なぜ土の中に閉じ込められている?   なぜ生き埋めにされている? 思考が混乱する中で、水月(みづき)はどうにか腕を動かす。  死にたくない。生き埋めによる死に方は苦しい死に方の内に入ると聞いた事があった。  普段死にたいと考えている水月だったが、せめて死に方ぐらいは自分で選ばせて欲しいと、この時ばかりは考えた。  とは言えどうすれば脱出できるのか、まるで分らない。  そもそも、どちらが地上なのか上下左右の方向すら分からない。ただもし生き埋めにされた時、上から土をかぶされているなら、少しでも柔らかい方が、被さった土になるのではないかと水月は考えた。  注意深く布の隙間から自分の身の回りの土を触る。どうやら左半身の方の土の方がまだ柔らかい。左半身の土に左腕を突っ込み、かき分けていく。  思っていたよりも土の重さは軽く、腕を伸ばすことが出来た。  しかしこれで本当に大丈夫なのだろうか。酸素は持つだろうか。不安しかないが、必死に土をかき分けて、手を伸ばす。思ったより土が柔らかったのか、深く掘られていなかったのか。  手を伸ばした先に、空気の触れる感触があった。  つまり、指先が地上に出たのだ。  地上が分かった事に水月は安堵し、体を土の中で少しずつよじりながら、右手も使い地上に向けて身体を起こし始めた。  落ち着いて、地上に出ている手を使って、土を払い、少しずつ地上に身体を出していく。  地上で見ている者がいれば驚いた事だろう。土の中から人間の手が出て、腕が出て、そして体が出てきたのだから。  水月はようやく土の中から脱出に成功した。  地上に出た時気付いたが水月は全裸であった。  土の中にはバスタオルがあり、これにくるまれて埋められていたようだ。  全裸のままではさすがに行動しにくいので、泥だらけとは言えバスタオルを土の中から出し、パンパンっとはたいて体に巻き付ける。  雨は降っていたが、明るさからしておそらく今の時間は昼の14時~15時ぐらいだろうか。  自分が埋められていたのは自宅の庭であることを御堂水月(みどう みづき)は理解した。  御堂水月は福岡県博多区に住んでいる高校2年生の女子高生である。  身長157センチ、体重51キロ。目鼻立ちはくっきりとして、二重の瞳。透明感のある肌、やや厚めだが愛らしい唇。  髪は肩までにしており、レイヤーを入れていて、全体的に魅力的な顔立ちをしている。  ただ目線は下を向いており、陽キャラな感じは全くなかった。  住まいは新興宗教の施設と同じ敷地内に建てられている。気品のある新興宗教の施設に劣らない上品な邸宅だ。庭も広く、新興宗教の施設の教祖の彫像なども置かれている。その片隅に水月は生き埋めにされていたのだ。    なぜ自分が自宅で生き埋めにされていたのか。  忌まわしい記憶を思い出してみると、やったのは父しか思いつかなかった。  口に入っている土を唾と、不快感と一緒に吐きながら、慎重に家の様子を探る。  玄関ドアには鍵がかかっており、車は無い。どうやら父は外出している様だ。水月の父は新興宗教の支部長をしており、いないところを見ると信者の家にでも行っているのだろう。  父が支部長となってから、この地区の信者は増えた。今は近所の人たちも全員その新興宗教の信者であるくらいだ。  それぐらい弁舌が上手く、人の心の弱いところに付け込むのが上手い。不幸な人間を虜にするのが得意な、ある種のカリスマを持っている父だった。  正体を知っているのは水月ぐらいだろう。  このまま近所の家に助けを求めて飛び込むのも、ひとつの方法であるかも知れない。  しかし父に心酔している信者達では、どのみち水月は父に引き渡されてしまうだろう。それだけは避けたかった。    なんとか家に入る方法は無いかと家の周りを探ると、浴室のドアに鍵がかかっていない事が分かった。そこから慎重に家に入る。  浴室から侵入しバスタオルを外し、ざっとシャワーを浴びる。  ずっと浴びていたいが、そんな余裕はない。  泥を流し、TシャツとGパンに着替える。  水月の身体にはミミズばれの様な傷が多くついている。しかしシャワーを浴びた時に、傷が目立たなくなっているのに気が付いた。  自然治癒力だろうか。それ自体は喜ばしい事だと水月は感じたが、今はそれよりもやることがある。  なんとか父が帰ってくるまでにスマホを見つけて、持てるだけの現金をかき集めて、この家を出ていくしかない。  スマホは水月の部屋にあり、簡単に見つかった。  普通ならこのまま警察に電話をするだろう。でもその場合でも警察が何を信用するのだろうか。水月は自分を庭に埋めたのは、父だという確信があった。  そして何より、水月は今生きているのだ。警察に話したとしても、お話にすらならないだろう。    父と最後に目が合った時の恍惚とした表情やおぞましい記憶を思い出し、考えているだけでも怖気と吐き気がした。  不快感を抑えながら、この家を出ていくために、リュックサックとスポーツバックを取り出す。最低限の薬や、下着や衣服、そして家の中にある現金を入れようと準備した時だった。  ガチャリと音がして、玄関ドアが開く。  父が帰って来たのだ。
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