第11話 異能力

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第11話 異能力

 水月が目覚めると、朝の10時だった。  寝相が良かったようで、シングルベッドから落下することは避けられたらしい。  芽衣はベッドの壁側でまだ寝ている。昨日の仕事的にもおそらく疲れているのだろうと水月は考えた。  部屋は6畳くらいの寝室と、6畳のダイニングキッチンという造りだ。  芽衣を起こさない様に、ベッドからするりと抜け出すと、水月は洗面台で顔を洗った。  洗面台も、少々使い方が雑で残念だったが、ここも掃除すればきれいになるだろうと水月は考えた。    水月はそのまま冷蔵庫を開けてみる。  牛乳や卵やバター、ミニトマト以外は、取り立てて目ぼしいものがない。  冷凍庫を開けると、冷凍パスタが複数と冷凍野菜などがあった。芽衣は冷凍食品を主に食べているようだ。  水月は冷蔵庫から卵3個を取り出して、あまり使われていないフライパンを使ってオムレツを作った。  冷凍パスタの内のカルボナーラを温めて、オムレツと絡める。 「……水月おはよう……いい匂い」料理中に芽衣が目覚めた。 「芽衣おはよう。昨日は泊めてくれてありがとう。適当に作っちゃったけど良いかな?」と水月は尋ねた。 「……いいよー。人にご飯を作ってもらえるなんて、何年ぶりだろ……」と芽衣はボーっとしながら嬉しそうに答えた。  ダイニングキッチンにはローテーブルがあり、そこで水月と芽衣は、オムレツ入りパスタを食べ始めた。 「水月って、料理上手いんだね! オムレツがちゃんと半熟になってる!」と芽衣は食べながらご満悦の言葉を口にした。  水月は家事を全部やらなければならない家だったので、好きで料理していた訳ではなかったのだが、芽衣に言われると嬉しかった。 「私は、父子家庭で、父親が何も家事をしなかったからさあ……」と水月は苦笑しながら答えた。 「そっか……。まあウチも滅茶苦茶な家だったからね……」と芽衣は少し元気なさそうに答えた。  (あんまり聞くのも良くないよね)と水月は考え、それ以上突っ込んで聞くことはしないようにした。  それより、気になることがあったのだ。 「あ、そうだ」と言い、冷蔵庫からジュースを芽衣が出してくれた。 「コーラとお茶どっちが良い?」という二択だったので、水月はお茶。芽衣はコーラになった。    食べながら水月は「ねえ芽衣、昨日寝る時に話していた、『異能力』って何のことなの?」と尋ねる。  芽衣はコーラを飲んで、軽くゲップをしながら、「ああ……『異能力』だよね。私の仕事の説明にもなるから、きちんと話しておいた方が良いよね」と答えた。  芽衣はコーラをテーブルに置いて、両手をまるで透明なバスケットボールを持っているような形にした。 「水月も同じ様にしてみて」   「えっと……こう?」水月も芽衣の真似をしてみる。 「そう。そんな感じ。なかなか上手いと思う。どう? 何か感じない?」 「……なんだろう。少し熱量というか、何かの力を感じる……」  確かに何か指先に感じる見えない何かがあった。まるでそこにエネルギーの球体が存在しているように水月は感じた。気が付くと手が温かくなっている。 「そうでしょ。私たちはリターナーだけど、人間やリターナーの掌や指先からは、気のエネルギーが出ているものなの」 「初めて知った」水月にとってもそれは初耳だった。 「だからマッサージや指圧とかって、手を使うでしょ? 手にはエネルギーを与える回復能力があるのよ。それで私の『異能力』なんだけどね」 「私の『異能力』はこの力の強化バージョンみたいのものなの。手と指を肉体にあてることで、再生能力を高めて、エネルギーを与えて回復させる。そして毒物や、有害な菌やウイルスを体外に排出させる。私はこの『異能力』は再生掌(さいせいしょう)って呼んでるの」  水月は、昨日の芽衣の仕事で、芽衣の施術を受けた風俗嬢が、すっきりして元気になっていった理由が分かった。 「芽衣すごい……便利な力なんだね。芽衣がこの仕事をしていて、風俗嬢の皆さんにも好かれているのが分かったよ」  水月も素直に驚き、素晴らしいと感じた。  素直に言われて、芽衣も嬉しかったようだ。 「えへへ、ありがとう。この『再生掌』(さいせいしょう)は、リターナーにも使用可能だからね。リターナーは人間よりも再生能力が高いけど、それをさらに早くすることが出来るから」芽衣は笑って言った。   「それで藤原さんは芽衣に、ここで風俗嬢のケアの仕事をさせているんだ」と水月としては納得した。 「それもあるんだけど、社長の考えは深くてね。水月も分かったと思うけど、リターナーが表の社会で生きていくってすごく大変でしょ?」芽衣は真面目な目で答える。    就職活動で散々な目に遭った水月は深く同意するところで、真剣にうなずいた。  芽衣は続ける。 「だから、リターナーの女子は、売春とか風俗産業に流れて行ってしまうことが多いの。藤原社長はあえてこの大阪の歓楽街にヴィーナス俱楽部を作って、ここでリターナーの女子を探知して、保護する活動をしているのよ。私や水月に売春の仕事をさせないでいるのはそのためだよ」    水月は息を飲んだ。苦手意識を感じている藤原社長に、そのような奥深い考えがあると聞いて驚いたからだ。 「藤原社長、怖いところも多いんだけどね。本当はすごく優しい人だと私は思っている」  芽衣は腕組みしながら答えた。    水月としては、藤原社長の見方を変えざるを得なかった。  それとは別に芽衣に聞きたい事があり、水月は尋ねた。 「そうなんだ……。ありがとう。話は変わるけど気になっていることがあってさ。『異能力』というのは、リターナーなら誰でも身に付くものなの?」  芽衣は少し考えると、「私は全部のリターナーを知っている訳じゃないから分からないけど、持っていない人もいるみたい。あと持っていたとしても、自覚したり、発動できるまではものすごく個人差があって、数年かかる人もいるみたい。私だって社長に出会って、社長にこの力のきっかけを見られるまでは、全く気付かなかったからね」  芽衣は少し考えたあと、「まあ……自分がどういう『異能力』を持っているかというのは、本当は仲間以外には話さないのよ。『異能力』が知られれば、対策を打たれるしね。よく漫画とかで自分の必殺技とかを大声で言うシーンとかあるでしょ? 現実にはないからね。ああいうのは」 「だから風俗嬢の皆さんにも、私はこの力のことは話してない。多分皆さんは『マッサージがとても上手い子』ぐらいに考えていると思う」  芽衣の話は、分かりやすかった。水月は思っていることが口に出た。 「そっか……。教えてくれてありがとうね。仲間だと思ってくれて嬉しいよ」 「だって水月のこと好きだもん」 「……そっか。……ありがとう」  水月は好意とかの感情表現が、実は非常に苦手なのだ。だからこういう時にどのように返したら良いのかが分からなくなる。    咳払いをして、水月は続けた。 「えっと、実は私、気になっていることがあってね」 「何?」 「リターナーとして蘇生してから、丹田に力が集まるような感覚があってさ。力が集まってくることで呼吸が整ったり、特に戦う時に頭が働く様になるのよ」   「なるほど」 「これって、芽衣の再生掌のような『異能力』の表れなのかな?」 「うーん……どうだろう。丹田は確かに重要なチャクラだし、リターナーになったことで、そこが敏感になったということもあるかも知れないけど、『異能力』とすぐ結びつくかは分からないな……」  しばらく芽衣も頭を悩ませているようだったが、思い出したように顔が明るくなる。 「やっぱり社長に聞いてみるのが、一番早いと思うよ。私の『異能力』に気づいたのも社長だったし」  (社長か……私あの人苦手なんだよな……)と水月は少し脅えた感じの表情を浮かべた。  それに社長に聞くと、このままなし崩しにここで働くことになりそうな気がする。たしか答えを出すのは今夜21時までだったか。  ただ、それより早く回答しても、社長的には困らないのだろうなと、水月は考えた。 「あ、そうだ。社長楽しみだって言っていたよ」  芽衣はにっこり笑って言った。   「え? 何が?」  水月は恐る恐る聞く。 「御堂は鍛えがいがある。痛めつけるほど、必ず強くなるだろうって」 
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