第13話 水月の仕事

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第13話 水月の仕事

 水月が目を覚ますと、それは芽衣の部屋だった。  知っている天井がまず目に映り、続いて傍にいる芽衣が目に入った。  芽衣は、ベッドの上で雑誌を読んでいた。  変わった事と言えば、水月が寝ているのは、どうやら新しいベッドの様だった。 「芽衣……」水月は声を掛けた。 「水月、おはよう。結構寝ていたね」芽衣は嬉しそうに微笑んだ。 「えっと……結構って、どれくらい寝ていたの? それから試験は?」 「うーん、あれから大体20時間くらい寝ていたかな。試験結果は合格だから安心して良いよ」  藤原社長の下で働く事に不安が消えたわけでは無いが、とりあえず合格したことで、ここに居られる事を水月は安堵した。 「このベッドは?」水月は尋ねた。 「藤原社長から、水月と私はこの部屋で一緒に暮らすようにって言われてね。シングルベッド1つだと、ちょっと狭いでしょ? 中古のベッドだけど丁度いいのがあったから運んできたの」  芽衣は屈託なく微笑んだ。  水月は「私と一緒に生活するのは、嫌じゃない?」と尋ねる。 「全然嫌じゃないよ。水月のことは好きだし、安心できる人と一緒にいられるのは、私にとっても嬉しいことだからね」と芽衣は真面目に答えた。  安心できる人か……。  ここまで考えて、水月は藤原社長との試験の時に、身体がボロボロになっていた事を思い出した。  確か右腕の骨折と、みぞおちのダメージ、鼻血。確かその後でも投げ技で背中から床に叩きつけられて、喉元を足で踏まれたような記憶がある。  左手で右腕を触ってみたところ、まだ軽い痛みはあるが、動かすことには差しさわりが無かった。  水月はTシャツを着ていたが、そのままベッドから半身を起こしてTシャツを脱いで、体の具合を見てみる。  表面上、みぞおちには痣があり、背中は見えなかったが、触ってもうっすらと痛みがあるくらいで、深刻なものでは無かった。 「……もしかして、芽衣、再生掌(さいせいしょう)を使ってくれたの?」 「うん。藤原社長が水月の手当てをするようにってね。藤原社長も喜んでいたよ」芽衣は嬉しそうだ。 「……そうなんだ。手当してくれて、本当にありがとう」  水月は芽衣が本当にありがたくて、嬉しかった。 「お礼ありがとうね。社長から言われなくても手当はするつもりだったから気にしないで。水月のこと、本当に見ていて心配だったよ。社長は……あれでも手加減はしているんだろうけどね。元々が強い人だから」 「あれは空手か何かなの?」 「『陰陽流空手』という空手だね。一般社会では無い流派で、投げ技や武器の使用もある空手で、どちらかと言うと武道というよりも殺人術に近いと思う」  そんな物騒な武道の使い手なのかと、水月は改めて驚いた。 「私もね。藤原社長に拾われてから、『陰陽流空手』を叩き込まれたんだ。これからは水月も一緒に練習が出来るから嬉しいな」  芽衣は本当に嬉しそうだ。  水月は痛みを思い出して、一瞬たじろいたが、これからの自分を巡る状況を考えてみると、追ってくる相手と戦うために必要なことだと感じた。  何より自分には、格闘技の基礎や基本が無いのだ。どうしても自己流でやっていれば限界はくるだろう。それを学べるのはむしろありがたいことだと考えた。    水月は芽衣の事がふと気になった。 「芽衣は……その『陰陽流空手』でどれくらい強いの?」  芽衣は自慢げに、「うふふ。黒帯の参段。これでも4年はやっているからね。水月と一緒に練習できるから本当に楽しみ」と満面の笑顔だった。  芽衣の性格上、練習を口実に、水月を虐めるようなことを考えているとは思えないが、普通に練習してもかなり痛そうな予想を水月はしたため、少し暗鬱になった。  加えてあの藤原社長の教えに4年付き合ったという時点で、水月は芽衣を舐めることはしないことに決めた。 「それはそうと……水月、体はどう?」 「うん……まあ、多少の痛みはあるけど、生活に差しさわりはないと思う」 「普通に動けるなら、今夜から仕事を教えるから、社長が呼んでくるようにって言ってたよ。行く?」  ずる休みとまではいかないまでも、ここで休むと藤原社長に何か疑われても困るので、水月は行くことにした。  クソ客の相手か……風俗嬢の皆さんに危害が及ばない様に排除しなくては……と水月は考えながら、右腕を肩から回した。多少痛むが、何かあったら左腕を使うことにした。  水月は社長室に伺い、仕事のやり方を教わる事になった。  そして夜。  一般に日本では売春は認められていないが、グレーゾーンになっており、いわゆる挿入のあるプレイがあるところもある。  ヴィーナス倶楽部はデリヘルの中でも、オプションでも挿入は認めていない。これを裏で行ってしまうファッションヘルス店もある。  またヴィーナス倶楽部の場合は、ホテヘルという形式をとっており、プレイルームを、歩いて5分の契約しているラブホテルにしている。  これにはいくつか理由があるが、ファッションヘルスの場合はデリバリーヘルスという、客の家に行くタイプがある。このタイプだと客の家に盗撮機器などがあった場合に盗撮されてしまう可能性があるからだ。  そのため、風俗嬢の盗撮の危険を防ぐために、藤原社長はホテヘルという形をとっている。  またホテヘルの場合、受け付けで男性客が危険そうな人物であったり、明らかに泥酔していて何をしでかすか分からない場合、そこでお断りする事が出来るので、そこもメリットの1つではある。  接客や、どの風俗嬢を紹介するか、代金の受け取りやホテルへの手配。それは本田というソフトモヒカンの男性がフロントで行っている。    水月の仕事は、風俗嬢の護衛である。服装は護衛用に支給されるスポーツ用の丈夫な上下ジャージを着用している。  ヴィーナス俱楽部のビルは、3階が風俗嬢の待機場となっている。  本田の後ろに居て、水月が様子を見ていると、エレベーターを降りてきたのは、以前に芽衣がマッサージをしていたナナだった。  以前にマッサージをしていた時とは異なり、きちんと化粧して、こぎれいな服装ながらも、体のラインがあまりに出過ぎない様に気を遣っているような感じを受けた。 「ナナさん。藤原社長から聞いていると思いますが、私が一緒に行きます。よろしくお願いします」と水月はナナに挨拶した。  ナナは「よろしくね~」と上機嫌の様にしているが、今までの用心棒とは全く違う水月なので、やはり心配そうな目線が見て取れる。  今回の男性客は、眼鏡をかけた、一見真面目そうなビジネスマンといった感じだった。 「へえ、こんな子もついてくるんですか? もしかしたら追加料金を払えば一緒に出来るのかな?」とその男は嬉しそうだった。 「私はホテルの部屋の前に行くだけですから」と水月は、不快感を押し殺して、精一杯笑顔で答える。 「なんだそうか……」と男性客は少し残念そうに答えた。  本田が、「それじゃホテルラフォーレ201でごゆっくりどうぞ」と伝えた。  男性客、ナナ、水月はヴィーナス俱楽部から徒歩5分のホテルラフォーレに着く。  ラフォーレにはフロントがあり、水月は「ここでは荷物をお預かりしますので、バックなどは私に渡して下さいね」と伝えた。  大人しく男性客は荷物を水月に渡し、水月はフロントにそれを渡す。  その後に水月は、「お客様の簡単な身体検査をするので、ここで下着になってもらいますか?」と話した。 「え!?」と男性客は驚いたようである。 「以前に刃物を持ち込んたお客様が居て、それで慎重に確認する様にしているんですよ。用心深くてすいませんね」水月は平然と話す。  男性客はいそいそと着ている服を脱ぎ、パンツ一枚になった。  水月は、手元からスマホの様な機械を出すと、男性の足元から顔の方まで丁寧に近づけていく。  男性の顔に機械が近づいた時に、機械からピピッと警告音が鳴った。 (初日からかよ)ため息をつきながら、水月は男性客に言う。 「すいませんねお客様。その眼鏡ちょっと見せてもらえますか?」  男性客は明らかに動揺した様で、「いや、ちょっとなぜ眼鏡をアンタに見せなきゃならないんだ」と反論した。  ナナが心配したような目線を水月に向ける。   「その眼鏡に、盗撮用の機械が仕込んであるからですよ」  水月は、上目遣いに、低い声で発声した。  その声には、女子高生とは思えないような、修羅場をくぐり抜けて来たような迫力がこもっていた。  
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