第14話 水月の仕事2

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第14話 水月の仕事2

 水月は続ける。 「フロントの入店シートで、チェック頂いたはずですよね。盗撮もしくは盗撮と思われる行為や準備をした場合はサービスを受ける事が出来ない。返金を受ける事が出来ないと。申し訳ありませんが当店ではお引き受けできませんのでお引き取りください」  水月の口調は、低い声で淡々としたものだった。盗撮などされて、それを元に風俗嬢が脅されることや、裏ビデオとして売買されることなど、簡単に予想がつくことだった。  これがごつい男性だったら、おそらくすぐ応じたと思われる。  ビジネスマン風の男は、自分の娘のような小娘に言われた事について、腹が立ったのだろう。今まで風俗店ということで「多少は」女性を乱暴に扱ってきたこともあったのだろう。 「このガキが……!」と拳で水月の顔面に殴りかかった。  水月は、顔の角度を変えて、額で男の拳を受けた。 「痛ええ!」と男の方が、叫んだ。  そのまま水月は男の腕を取って、腕の右腕の関節を起点に締め上げる。 「痛え、痛えよ……。おまえこれは暴力だろうが……」  苦痛状態から、声を絞り出すように男は必死に口を動かした。 「残念ですけど、さっき私を殴ったことで、正当防衛が成立しているんですよ。お金は返せませんが、他のお店に行った方が、時間を有効に使えるんじゃないですか」 「すいせんね。この人のバッグ、全部持ってきてください」と水月はフロントに伝え、フロントの男性は荷物を持ってきた。  最低限、服を着る時間は確保してやったので、服を着たあと、スゴスゴと男はホテルを出ていった。  出ていった後、ナナは水月に「水月ちゃんありがとう。頭は大丈夫?」と心配して尋ねた。 「頭蓋骨って、一番頑丈な骨なんですよ。ここで受ければ痛くないし、相手の拳の方が痛んでいるはずです」と水月はナナを安心させるように話した。 「一旦帰って、次の指名が来るまで、休憩しましょ。お金も返さないからナナさんの報酬もちゃんと入りますから」と水月は笑顔で言う。  ナナは、水月が外見からは予想もつかないような修羅場をくぐって来た女の子なのだと、この時に実感した。 (早速、社長から教えてもらった額で拳を受ける方法と関節技が役に立って良かった。しかしこりゃ思いの外、いろんなクソ客に会えそうだわ……)と顔に出さない様に、水月はナナを送っていく。水月はこの仕事の大変さを改めて感じずにはいられなかった。  ホテルの部屋に入る前の、盗撮機の確認。  ヴィーナス俱楽部の風俗嬢たちは、特殊な指輪を左手の薬指に着けている。この指輪には宝石型のボタンがついており、これを3回(トントントン)と連続で押すと、水月が付けている指輪が光るようになっている。  風俗嬢が、客に横暴な扱いを受けたり、許容できないプレイを要求された場合やルールを守らない場合は、SOSとして水月に連絡が行くという仕組みだ。  水月がホテルの部屋の鍵を預かるようにしているので、その場合に水月が部屋のドアを開けて入り、状況によってはその客を実力行使で追い出すのが水月の仕事である。  今日は初日だったが、最初の盗撮男以外には、無理やり挿入を迫った男が2人いた。両方とも水月がドアを開けて入り、一人は話し合いで納得してもらったが、もう一人は実力行使で退室してもらった。  水月としても格闘的にはともかく、17歳の年齢で、裸の大人の男に対して交渉や排除の仕事を行うのは疲れることであった。  ホテヘルのプレイの時間は夜2時で終わるので、水月の仕事は風俗嬢を送り届けて終わる。風俗嬢の身体をケアをする芽衣が、そのあとの仕事を引き継ぐことになる。  水月は今日の仕事を終えてから、藤原社長に報告をした。  藤原社長は、水月の冷静で適切な対応を褒めたあとで、尋ねた。 「御堂はこういう仕事をして、どう思った?」 「なんだか、世の中の裏の世界を知ったと思います。男性の裏の面というか」 「なるほど、裏の面とは?」 「お金払ってまで、女の人を支配したい。でも支配するようで、本当は甘えて可愛がってもらいたいような、そんな矛盾しているような感じですね」 「なるほど。この仕事は決してまっとうな意味での性教育的な仕事では無いが、裏の性教育という面では価値があると思う」 「裏の性教育……ですか?」 「人間は金のことと、セックスのことになると、人間性というものが露わになるのさ。御堂もこの仕事を通じて、付き合うべき男性とそうでない男性、いろいろ学ぶことが出来るだろう」 (付き合うべき男性か……)実の父や、御堂宗一のこともあって、男性そのものに、嫌悪がある水月には随分遠い世界の様に感じた。 「日本人はセックスというものを、甘く考えすぎている。これは男女ともに言えることだが。まあこれはいずれ分かるだろう。今日は疲れたろう。早く休みなさい」    藤原社長から優しい言葉を言われたので、水月は丁重に従うことにした。部屋に帰り、洗面化粧台だけを綺麗に掃除すると、シャワーを浴びて、ベッドに横たわる。 (日本人はセックスというものを、甘く考えすぎている)  藤原社長の言葉が、妙に頭に残った。   (甘く考えていなければ、真剣に考えていれば、何がどう違うのだろうか)  考えていても、答えというものは出てこなかった。  この仕事をしていけば、何か手掛かりでも見つかるのだろうか。  そもそも、水月は男性自体を求めているのだろうか。  答えの出てこないものを考えている内に、水月は深い眠りに落ちていった。
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