第15話 他人のセックス考察1

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第15話 他人のセックス考察1

 水月と芽衣は昼に起き、昼食を食べ終わると、4階のトレーニング部屋で、陰陽流空手の練習を毎日2時間ほど行っている。  芽衣は参段の実力があるため、芽衣が水月に指導をする形になる。柔軟体操から初めて、基本動作の突きや蹴り、手刀や背刀、指先を使った目潰しなどの基本動作。金的狙いの下段蹴り、みぞおち狙いの前蹴り、膝関節狙いの蹴り、顔面への前蹴り。  これらの基本動作を行って、芽衣がミットを持って、それに水月が突きや蹴りを打ち込む。肩に力が入っているところや踏み込みが浅いところなどを芽衣が注意をする。  そしてこの練習が終わると、芽衣と水月で一対一での組手練習になる。  二人とも空手着を着ているが、片や白帯の水月と、黒帯の芽衣である。  意外なのは、藤原社長にも苦戦しながら左手の突きが当たるかもしれなかった水月の攻めが、芽衣に全く通用しないのだ。  芽衣は普段の口調や、穏やかさとは裏腹に、この陰陽流空手の参段だけあって、的確に水月の攻めを捌く。気が付くころには、突きや蹴りが入っている。  恐ろしいのは攻めよりも、芽衣の受けだった。  下手に水月が芽衣の顔面を突こうとした時に、芽衣の上段受けで受けられた時、その水月の腕が激痛のあまりに使えなくなってしまったことがあった。  芽衣としては、水月を強くするために練習をしているので、後で原理を教えてくれた。  一般的に空手の受けは、防御ではなく攻撃なのだと。  相手の攻撃を捌くときに、相手の手足にダメージを与えるのが目的なのだそうだ。  それには手首の骨や、肘などの人体の固いところを使用して、カウンターを与える事のがポイントらしい。もう少し水月が基本を学んで来たら教えると、芽衣は言った。  芽衣は今までは、たまに藤原社長に教わる事があるくらいで、自分一人でこのトレーニングルームの鏡を見てフォームの確認をしたり、形の修正、イメージトレーニングをしていたらしい。 「水月が来てくれて、本当に嬉しいよ」と芽衣はにっこりと笑った。 「ありがとう……」水月としては激痛に耐えて、汗びっしょりで、呼吸を整えるので本当に精一杯なのだ。なにせ今まで運動や格闘技と無縁の人生だったのだ。  そんな素人に芽衣が丁寧に教えてくれることが本当にありがたかった。  藤原社長は、水月の異能力については「面白い能力」と考えているようだが、具体的にどのような能力なのかは、水月にも教えてくれなかった。  その代わりに芽衣との稽古をする事が、日課として課されたのだった。  芽衣は「空手の身体の使い方や呼吸の仕方にヒントがあるんじゃない?」とアドバイスをしてくれた。  藤原社長が教えないということは、自分で体感して覚えろということなのか。  水月は夜、変わらずヴィーナス俱楽部に来るクソ客を実力で排除する毎日が続いている。昨日は、女性が痛がって辞めて欲しいというのに指を挿入してくるクソ客や、シャワーを浴びようとしないクソ客などだった。 (裏の性教育ねえ……)確かによろしくない大人の見本としては、「教育的側面」をこの仕事を通じて学ぶことは出来るかも知れない。  ただ、下手なバスケ選手を見ていれば、反面教師的に上手いバスケの仕方を学ぶことが出来るわけではないので、まっとうな性教育とやらも学べるならその機会もあった方が良くないかと水月はふと思った。  稽古が終わり、シャワーを浴びてベッドの上で座りながら、ぼーっと水月がそんなことを考えていると、芽衣が機嫌良さそうに声をかけてきた。 「ねえ水月、こないだ『日本人はセックスのことを甘く考えている』って社長から言われたって言ってたんでしょ?」 「ああうん……確かにそう言ってたね」 「フロントで働いている本田さんて、女性用の風俗の仕事もした事があるんだって。で、『水月が真面目にセックスのことが気になるなら、今日仕事が始まる前でも、話す時間を持つよ』って」    ヴィーナス俱楽部のフロントの本田は、30歳の男性である。  変わっているところと言えば、水月や芽衣に対しても、節度を持っているというところだった。きちんと挨拶をし、同僚として認めている。  なれなれしい口を水月は聞かれたことも無いので、男性嫌いの水月も、本田に対しては嫌悪感は薄かった。  ヴィーナス俱楽部が始まる前に、その本田と話す時間が取れたのだ。  今の時間は15時45分なので、17時から開店の準備をする1時間くらいは、話す時間が取れるだろう。  水月としては、クソ客ではない男性がセックスをどう考えているのかを聞きたかったとういうのもあったので、話を聞けるのはありがたかった。  そんな訳で、16時。  水月と芽衣、本田は、ヴィーナス俱楽部から徒歩5分の、コーヒーショップで座っている。  「本田さん、いつもお世話になってます。今日は時間をとってくれてありがとうございます」芽衣が気さくに、そして礼儀正しく挨拶した。 「よろしくお願いします」と水月も続けて挨拶する。 「芽衣さんと、水月さんの頼みなら断れないですからね」自分よりもはるかに年下の2人を名前呼びと言えども、敬語を使えるところが、本田の優れているところだと水月は感じた。 「えっと……それで聞きたい事ってセックスの事でしたっけ?」と本田は尋ねる。 「そう。水月が社長から『日本人はセックスを甘く考えている』って言われたんです。それで本田さんなら、いろいろと体験もしているから、本田さんの意見を聞きたいって水月から要望なんです」 (実はこの話を聞きたいのは、私よりも芽衣なんじゃないか)と水月は思いつつ、「そうなんですよ」と合わせた。  本田は「なるほどねえ」としばらく考えた後、コーヒーを一口飲み、話し始めた。 「大体の皆が考えているセックスと言うのは、あれはセックスじゃあないんですよ。あれは男性にとって都合の良い性欲処理の儀式みたいなモンです」  カチャンと、水月のコーヒースプーンが音を立てた。
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