第18話 御堂宗一の影

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第18話 御堂宗一の影

 非常に嫌な感覚を感じた後、とにかく仕事が始まるので仕事の準備を水月はし始めた。  なぜ今になって、御堂宗一からの視線など感じたのだろうか。  間違えようもない。ねっとりと絡みついて、それでいて性的に執着している視線。  御堂宗一以外には考えられなかった。  とは言えリターナーは、子どもでしかなれないはずだ。蘇生したはずは無いのだと、水月は思い直した。  とにかく今は仕事に集中しようと考えて、こなし終えた。  幸いに今日は、気の弱い盗撮未遂男が一人だけだったので、水月としては楽な方だった。  2時になり、仕事が終わり、藤原社長に報告をする。  藤原社長は水月の報告を聞いて、思いの外水月が仕事熱心に取り組んでいる事について評価してくれた。  水月はその事についてはお礼を言いながら、藤原社長に話すべきかどうかを考えてから、口を開いた。 「すいません社長。個人的な事なんですが、相談に乗ってもらって良いですか?」 「構わないよ。どうした?」 「私は御堂宗一に殺された後で、リターナーとして蘇生して、それから復讐して御堂宗一を殺しました。その遺体を家に埋めたんですが、最近警察が調べたところ、遺体が無かったようなんです。テレビでは私含めて行方不明と報道されてました」 「……なるほど。それで?」 「以前に、藤原社長から、リターナーは子どもが非業の最期を遂げた後で、素質のある者が蘇生すると聞きました。大人がリターナーとして復活する事があるんでしょうか?」 「……リターナーの歴史は江戸時代からあると言われているが、大人がリターナーとして蘇生した例は無い。しかし変な事件だし、嫌な予感もする。確か御堂宗一は、新興宗教の支部長だったか。何の宗教だった?」 「『神聖千年王国』です」  その名前を聞いて、藤原社長の顔が険しくなった。  水月は、何かまずい事を言ってしまったのか心配になった。 「……そうか。教えてくれてありがとう。それから御堂が気になっている事はあるか?」 「実は、今日の仕事をする前に、コーヒーショップからヴィーナス俱楽部に歩いている途中、とても嫌な視線……御堂宗一の視線を感じた様な気がしたんです。視線を感じた方を見たんですが、それらしい人物はいませんでした」  「そうか……。他には何か気になる事などはあるか?」  水月は少し黙っていたが、深く息を吸い、吐いてから口を開いた。 「私が御堂宗一に殺された時から、生理が来ないんです」  冷静な藤原社長の眉がピクリと動いた。  考えながらもデスクの引き出しを開けて、妊娠検査薬を水月に渡した。 「御堂。普通なら生理予定日の1週間は過ぎているか?」 「はい」 「今すぐ調べて来なさい」  断る理由もなく、水月はトイレに行き、妊娠検査薬で、確認する。  結果は、妊娠はしていないことが分かり、水月は安堵した。  すぐに藤原社長に報告すると、社長も安堵した顔をしたが、水月の死に際の様子が、藤原社長にも衝撃的だったようだ。藤原社長はしばし沈黙したあとで口を開いた。 「酷い話だ。御堂の辛さを考えると、御堂宗一のやったことは私も到底許すことは出来ない。ただ御堂にも教えておかなければならない事があった。説明をしていなくて申し訳なかった」 「いえ、ありがとうございます……何でしょうか?」 「我々、リターナーは不老の存在だ。だから子どもを作る事は出来ない。だが死亡する直前に妊娠してしまった場合、不完全な胎児が成長する事で、女性リターナーを死に至らしめたことが過去にある。だから妊娠検査薬で確認をした」 「そういうこと……なんですか」  水月としては、男嫌いということもあり、結婚に対する夢や希望も無く、当然子どもを作ることも考えになかった。  ただ、それが自分の意志ではなく、体の構造上それが出来ないことに、何かしら言いようのない虚無感というものに駆られた。  自分の男嫌いがいつか克服出来たとしても、子どもたちに囲まれた平凡な家族というものを作る事は出来ないと考えると、芽衣の言っていた「リターナーの孤独感」という言葉が思い出された。現実味を帯びてきた事を水月は実感し、急に寂しさに襲われた。 「どうして……リターナーは子どもを作る事が出来ないんですか?」 「不老の存在が増えてしまえば、それを支える食糧は、いくつあっても足りなくなる。自然界のバランスだと考えるのが妥当だろう。ちなみに男性リターナーは精液は作られるが精子は作られない」 「だから我々リターナーは、孤独であり、孤独ゆえに信頼できる仲間というものを大事にする」  自分の髪をかき上げながら、藤原社長は続ける。  「だが……リターナーも一枚岩ではなく、いろいろな者が存在する。蘇生した理由が非業の最期を遂げたことだから、人間を良く思っていない者の方が多いくらいだ。水月、リターナーにとっては、何が一番脅威だと思う?」 「……人間に私たちの存在が知られることでしょうか?」 「その通りだ。人間は昔から不老不死にあこがれて、それを追及して来た。たしか『神聖千年王国』は不老の研究をしている製薬会社に多額の献金をしている。私たちの監視団体のひとつだ」
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