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第19話 御堂宗一の影2
「しかし一般の人間だけで、出来る事かどうかだな。いずれにせよ確認が必要だな」
藤原社長は、何かを考えながらスマホから、メッセージを送った。
「御堂。辛いことを聞いてしまって申し訳ない。だが聞いた以上は、御堂の事は春田と同じように導いて保護していくつもりだ。今日はもう休みなさい」
藤原社長からそう言われた事は嬉しかった。
お礼を言って、社長室を退室し、部屋を出る。
5階の上は屋上になっている。屋上に何があるという訳ではない。
水月は屋上に上がってみたくなり、ドアを開けて、屋上に昇った。
今夜の天気は雨で、冬の冷たい雨が降っている。
吐く息が白くなる。
普通ならば、このまま帰るところだが、水月はこの雨に濡れていたいと感じた。
自分の中にある、どうしようもないような汚れ。
御堂宗一にもてあそばれたこの身体。ずっと騙されてきた自分。犠牲になった母や明日香のこと……。
それを考えていると、この冷たい雨に当っていたい気持ちになっていた。
この冷たい雨が、少しでも、自分の汚れた過去を洗い流して欲しい。
少しでも、自分自身をきれいにして欲しい。
雨が降ってきており、顔も濡れていたので、誰にも分からないからだろう。
水月の両目からは涙が出ていた。
誰にも助けられなかった自分や、同じような目にあった明日香。そして他の犠牲者たちのことを考える。水月は鼻をすすった。
「風邪をひくぞ」
いつの間にか藤原社長が水月の後ろに立ち、傘を差してくれた。
「30分も雨の中にいれば、相当体も冷えたろう御堂。もう本当に部屋に行って風呂に入って休め」
藤原社長の声は、いつもと変わらなかったが、その心づかいは、水月にとってとても嬉しいものだった。
「御堂。詳細はまた後日話すが、これから忙しくなる。危険分子は早めに取り除く」
「……何をするんです?」
「御堂宗一がいるのなら、永遠に葬り去る。体調管理と稽古をしておけ」
藤原社長の目つきは、いつもより険しかったが、水月はそれを初めて頼もしいと感じた。
水月はお礼を言って、今度は本当に自室に帰っていった。
藤原社長は、屋上から社長室に戻ると、スマホを開けてチャットを確認する。
「……なるほど。『暁の明星』が動いている可能性があるか。それなら感知能力と情報収集、実戦に強いメンバーをこちらによこして欲しい」
チャットの返信をし、コーヒーを藤原社長は口に含んだ。
「善は急げだ。1週間以内に決着をつける」
藤原社長の目は、猛禽類の鷹の様に鋭さを増した。そして口角は少し上がっていた。
芽衣が仕事から帰ると、午前5時になっており、水月は既に寝ている。
水月を起こさない様にしながら、芽衣はシャワーを浴び、寝る準備をするが、毎回、部屋のどこかの箇所がきれいに掃除されているのは本当に感謝している。今日はトイレだった。
芽衣がベッドに入ると、水月が珍しく寝言を言った。
「お母さん……ごめんなさい」
芽衣にとっても、母親は特別な存在だった。
母子家庭で育って、母親からネグレクトの様な扱いを芽衣は受けて育っていた。
母は水商売をしながら、男を連れ込むのが日課になっていた。芽衣が9歳のころからずっとだった。
芽衣が12歳の小学6年生となり、ある日。
母と男がいる時は、芽衣は家から出て、近くのコンビニで時間を過ごすのが日課だった。
ある時に、夜12時、帰宅すると、男が乱暴に家を出ていくのとすれ違った。
悪い予感がし、母の様子を見ると、母は裸で倒れており、酷く殴られたような跡があった。母の顔の形は変わっていた。
「お母さん! お母さん!」と心配する芽衣に母は、「芽衣……薬取って……」と力なく言葉を発した。
「いつもごめんねえ……でもあの男、今度は芽衣とやらせろってさ……それだけは出来ないっていったら、あいつキレやがってさ……」
ダメな母親だといつも思っていたが、母はそれでも私の事を守ろうとしてくれたのか。
芽衣は聞きながら震えていた。
急いで薬を探そうとしたが、妙な臭いに気が付いた。芽衣が振り向くとカーペットが燃えている!
近くには灰皿があったが、灰皿はさかさまになり、タバコは飛び散っていた。
母を殴った時に飛び散ったのだろう。カーペットから雑誌、新聞紙に、壁に、火は燃え移る。
黒い煙が部屋中に充満して、涙と咳がとまらなくなる。
有毒ガスを吸い込み過ぎてしまったらしい。芽衣の体に力が入らなくなった。
「お母さん……」もう倒れたままで、気を失っている裸の母親の上に、芽衣もかぶさるようにして意識を失い、二人の体を炎がなめつくした。
その後、数日たっただろうか。
ボロボロの様子でリターナーとして蘇生し、公園に隠れていた芽衣は、藤原社長により保護されることになった。
もう5年前のことだ。それから藤原社長と芽衣の師弟関係はずっと続いている。
このことは、誰にも話したことは無い。
水月も、芽衣のことを詮索して聞いてこないので話したことは無いが、芽衣は水月の気遣いと察しているので、それをありがたく考えている。
(お互いいろいろあるね……)と感じながら、芽衣は眠りに落ちていった。
翌日。時間は20時である。
芽衣と水月は、今日は仕事ではなく大阪府の桃が池公園に向かっていた。
藤原社長からの命令である。
内容は
・桃が池公園に女性のリターナーがいる。
・その女性リターナーが敵対的であれば拘束せよ。
・リターナーになったばかりであれば保護せよ。とのことだった。
現場に芽衣と水月が到着すると、時間も時間だったので、公園に人の気配は感じなかった。
しかし周囲を調べていくと、公園の茂みの中で、ガサガサと音がした。
水月がライトを当てると、まるで湖の中から出て来たかのように、制服姿でびしょ濡れの恰好の女子中学生のような少女が脅え、寒さで震えた様子でいた。
明らかに、水月を見て恐怖しているのが分かる。
「芽衣、どうやらこの子かも知れない」
「本当? 大丈夫? 寒いでしょ? 私たち怪しくないからね」
心配そうに芽衣が声をかける。
すると別方向から、今度は若い男性の声が聞こえた。
「ちょっと待ってくれあんたたち。その子は俺たちが先に見つけたんだぜ」
声には、警戒心と生意気な感じ、その両方が混じっていた。
年齢は水月達と同じぐらいか。目つきの鋭い黒いシャツの男の子。そしてその後ろにも、女子高生のような年頃の女子が悠然と立っていた。
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