第2話 最悪の再会

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第2話 最悪の再会

 玄関ドアのノブは無情にも回転し、父は帰って来た。  玄関は大広間になっていることもあり、1階の廊下に居た水月は隠れる暇もなく、父と目が合ってしまった。  父は信者を訪問する時に着る、高価なスーツを着ており、先ほどまで信者の家に行っていたのは間違いが無かった。  何をしていたのかは知らないが。  水月と目が合った父の顔は、目を見開いて、とっさに呼吸する事すら出来ないような硬直をしていた。 「水月……! 馬鹿な……確かに心臓や呼吸も止まっていた。なんでお前がここにいる!?」  その言葉や口調には、死んだと思えた娘が、実は生きてくれていたという嬉しさや喜びは全くなかった。  水月も同様だった。父と再会した喜びなどはない。地上でもっとも会いたくない人物と再会し、嬉しいことなどあるはずもない。  問題はどうやって父を出し抜いて、この家から出ていくのか。  水月は無言で頭を回転させた。父と話をするという無駄な動作は、もうしたいとも思わなかった。  父は、まるで怨念を持つ死体が生き返って来たように、水月を嫌悪の目で見ていたが、急に笑い始めた。 「一見、神の教えに背くような事が起こっているように見えるが……。いやいや喜ばしいことじゃあないか。死んだはずの愛する娘がこうして、生き返って来てくれたんだから。ただの仮死状態に過ぎなかっただけということだ」 「これは、愛する娘との愛情を深めよという神の教えだ。水月、お前も私の娘なら、神の教えや神の愛、そして私の愛が十分に分かるだろう?」  父の顔は、信者を前にした時の柔和な笑顔そのものに変わっている。  水月は、(なんでこの男は、こうも自分の目の前で起こっている事を自分に都合よく利用しようとするのだろうか)と感じ、思わず吐きそうになった。    父は「水月。お前が生きてくれていて、本当に嬉しい。これからはあんな酷い事をしないと約束しよう。これからはお前と本当に仲良くやっていこう」と水月に懇願をし始めた。  水月は吐き気をこらえつつ、ため息をつきながら「あんな酷い事って何?」と尋ねる。  父は少し間を置いてから言った。 「お前と愛し合う時に、お前の首を絞めないことだ」 「つまりその愛し合う行為ってのは、辞めないんだね」  水月は、あきれ果てた口調で答える。 「父さん、私はここを出ていく。あんなのは愛情じゃない。ただの飼育欲、支配欲。性的虐待でしかない」  水月は冷静に、かつ静かな声で言い放った。  以前の水月なら、このような事を思っていても、怖くて言えなかった。  言う事によって、自分が生きていけなくなることを、直感でわかっていたからだ。  でも言えなかった事で自分が殺されてしまった事から、言うべきことは言わないと後悔するという気持ちが、今は勝った。  それに今、水月の下腹部に何かエネルギーの様なものを感じている。それが水月の勇気を後押しした。  父は、水月の言葉を聞いて、顔を醜く歪めた。眉間にしわが寄り、口元が醜く歪む。  信者の前では決して見せない。水月しか知らない、この父の本性の顔だ。  水月は元々、この父の実子ではない。  水月は母と実の父との間に出来た子どもであり、母は水月が生まれる以前からDVを実の父から受けてきたらしい。  水月が生まれてからも、実の父による母へのDVは止むこともなく、面前DVを何度も見ながら、水月は怯えて育ってきた。  生活費も満足に入れず、家事もせず、他に女を作る実の父に愛想をつかして、水月が8歳の時に母は離婚した。  母は水月のせいにして、離婚しないとかしなかっただけ、まだ優しい人であり娘想いの人だったのだろうとは思う。  少なくとも母からは虐待を受けた記憶はない。  母に関しては、水月は嫌な感情を持っていない。  ただそんな母は、おそらく真面目で人を信じすぎたのだろう。  水月が10歳になると、母は新興宗教に入信した。  そこで出会ったのが、支部長である今の父だった。  神の教えを自信たっぷりに説き、神の愛を信じる事の素晴らしさを説く、その姿は多くの信者を虜にした。  外見も爽やかな支部長の求愛を、母は喜んで受け入れた。  支部長は水月に対しても優しかった。事あるごとに頭をなでたり、抱きしめてくれた。体を触るコミュニケーションが多いのではないかと思ったが、傍らで母が幸せそうにしてくれているのは、水月にとっても嬉しかった。  そのまま水月が12歳の時に、支部長と母は結婚をした。  新興宗教の豪華な結婚式だった。  良く分からない讃美歌を、水月も一緒に練習して歌った事を覚えている。多くの信者達や、近所の信者たちが祝福してくれた。  しかし、水月にとって、その幸福は長く続かなかった。  結婚して1ヶ月後。まだ新婚旅行にも行っていないのに、母は交通事故で亡くなったのだ。  死因は居眠り運転。元々居眠りをするような母では無かった。正確な原因が分からないまま、死亡保険金は支部長、つまり父が受け取った。  悲嘆にくれ、涙が止まらず、立っているのがやっとの水月を抱きしめながら、新しい父は「お母さんの分まで幸せに生きていこう」と絞り出すような声で水月に語った。  水月は泣きながらうんうんとうなづいて、新しい父と抱き合った。  しかしこれがすべて新しい父の仕掛けた事だと気づくまで、多くの時間は掛からなかった。
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