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第20話 対峙
冬の20時。さすがに零度は下回っているそんな夜だった。
黒いシャツとジャンパーを着て、細身のカーゴパンツをはいている男子はさらに言葉をつづける。
「売春組織にでも連れていかれちゃ困るんだよ。最近は手の込んだ方法もあるらしいからさ」
完全に疑っている、そんな目だった。
「売春組織」と言われて、普段温厚な芽衣も、ヴィーナス俱楽部に対する侮辱と受け取ったらしい。
「それ一体どういうつもりで言っているわけ?」
芽衣の言葉には明らかに普段見せることがない怒気がこもっていた。
「いちいち説明が必要かよ。女を油断させて売春させるために、わざと女を使わせる。外道会だとよくやるだろ?」
黒服の男子も、苛立ちを隠せない様になってきた。
水月にしてもその黒服の男子の言葉に対して、イラつきと怒りを禁じえなかったが、怒るのは芽衣に任せるとして、それを横目で見ながら、コートを脱いだ。
そのコートをびしょ濡れで地面に四つん這いになっている女子中学生の上に掛けた。
女子中学生はびっくりしながら、コートを羽織る。
「この寒さじゃ、風邪を引くからね……しかし……」
水月としては、黒服の男子の後ろにいる女子高生の様な女性の方が気になった。
その女子高生の様な女子が口を開いた。
「……真示。失礼なことを言うのはやめなさい。少なくともこの2人は敵じゃないわ」
「……確認したのか?」
「この2人は、そこの女の子を利用しようとか騙そうとか、そういう邪念は無いよ。純粋に助けようとしているのが分かる」
「その女の子も、恐怖と寒さとトラウマで脅えている。今優先するのは、その少女の安全だわ」
冬の空気に通る、自信のある声だった。
その女子高生は、申し訳なさそうに続けた。
「弟が失礼な事を言ってしまってすいません。もしかしてヴィーナス倶楽部の方々ですか?」
「……それを聞くなら、まず自分の素性を言うのが先だと思う。謝ってくれたのはありがたいけどね」
警戒を解かずに、芽衣が答える。とはいえ先ほどよりは、芽衣の口調も若干穏やかになっていた。
「藤原美貴さんからの連絡で来ました、朝日奈千歳と弟の真示です。詳しくはこの子を保護したら話します」
この二人、特にこの千歳という女子はおそらくこういうことにも慣れているのだろうと芽衣は感じた。それにしても藤原社長もちゃんと言ってくれれば良いのに……とも思った。
「そうなんだ。こちらこそごめん。藤原社長の名前が出たので分かると思うけど、藤原社長の部下の春田芽衣と、御堂水月です。二人はなぜここに?」
「本当は明日、大阪に到着する予定だったんですけど、早い方が良いかなと思って。あと私、困っている人がいると勘が良いんで気づくことが多いんです」
と言いつつ、千歳は女子中学生の方に目をやった。とにかく重要な話はこの子を安全な場所に送ってからの方が良いと千歳は感じた。
「春田さんに、御堂さん、さっきは申し訳なかった。ここのところからめ手で来る連中が多いからさ。いい加減潰すのに飽きたぐらいだ」
バツが悪そうに、真示はペコリとお辞儀して芽衣と水月に謝罪をした。
この男子、口は悪いが、根は良いのかも知れないと、芽衣は感じた。
「タクシーは連絡しておいたから、とにかくその子をヴィーナス倶楽部に運んでから話した方が良くないか?」続けて朝日奈真示は提案した。
どうするか考えている内にタクシーが到着し、千歳、真示、女子中学生はタクシー。スクーターは芽衣と水月が乗って向かう。
藤原社長に連絡し、本田にも伝わり穏便にヴィーナス倶楽部に入れることは成功した。
そこまで行って、女子中学生は疲れが出たのか、気を失ってしまった。そのため3階の風俗嬢の待機部屋がひとつ空いているところがあったので、そこに寝かせた。
改めて、藤原社長の社長室で、朝日奈千歳、朝日奈真示が、藤原社長に挨拶する。そこには水月と芽衣も同席した。
「わざわざ名古屋から、しかも一日早く来てもらって、リターナーの女子中学生の保護も手伝ってくれてありがとう。久しぶりだな千歳に真示。元気にしていたか?」
「相変わらず、元気にしてます。今回は藤原社長が作戦を行うということで駆けつけてきました」
千歳は、にっこりと笑った。こうして見ていると育ちの良い姉と、やや不良じみた弟。そういう組み合わせに見える。
「芽衣、水月。単刀直入に言おう。1週間以内に、この大阪市内の神聖千年王国の本部を奇襲する。目的は教祖の暗殺。そしてそこにいると思われる御堂宗一の暗殺だ」
芽衣は驚きが顔に出た。藤原社長が裏で何かの破壊工作などを行っていたのと考えていたが、ここで話したのは、今度は芽衣もそこに加われということなのだろう。
水月も同様に驚いた。だが藤原社長が言うだけの人間ではなく、真剣に御堂宗一の暗殺を考えてくれているのは、本当に嬉しかった。
「作戦を実行する以上、朝日奈千歳と真示の異能力もあらかじめ伝えておく。まず千歳。説明しなさい」
「はい。私は二つ異能力を持っています。一つ目は『共感』。これは半径30m以内の生物の感情や欲望を感知出来る力です。さっき春田さんと御堂さんにお会いした時に、お二人に邪念が無いことが分かったのは、この力ですね」
「これで簡単な嘘発見や、見えない場所にいる敵の索敵が出来ます」
「あとはまれですけどさっきの女子中学生の様に困った人がいる時には、遠くでも感知出来る時があるんです。女子中学生の子の発見は偶然だったんですよ」
水月は驚いた。異能力にはこのような種類があるのかということと、奇襲作戦にかなり役立つと感じたからだ。
「二つ目は『追憶共有』。これは相手に許可をもらうのが前提ですが、その人の大事な記憶にアクセスすることが出来、共有することが出来る能力です。普通に過去の記憶を読む以外に、他の人とも共有が出来るので、今回の作戦の様に藤原社長の記憶を読んで、それを皆さんに伝えることで、連携をとることも出来ると思います」
「千歳はこの様な形で情報感知、情報伝達を行うために非常に役に立つ。体術も陰陽流を習得している」藤原社長は解説する。
「しかしただの民間人の暗殺なら、ここまでやる必要もないでしょう。姉と自分を呼んだのは、やはりそれなりに危険度が高いんですよね?」
真示が口を開く。
「そうだな。だからこそお前たちを呼んだ。次は真示。お前の異能力について説明しなさい。お前のえげつない情報収集能力をな」
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