第22話 決戦準備2

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第22話 決戦準備2

(これは一体……)無数の噛み跡で傷つけられた、少女の背中を見て、芽衣は絶句する。鋭い牙の様なもので何回も噛まれており、よく見ると噛まれた深さが異なる場所があった。  「今から……治療をするけど、他の人にも見てもらった方が良いからちょっと待ってね」と芽衣は少女に伝えて、藤原社長を電話で呼んだ。  藤原社長は険しい顔をしながら、背中を見た。  「まるで恐竜か、ワニか、大蛇か……」と藤原社長がつぶやいた時に、少女は「嫌!大きな蛇!嫌あ!」と泣き叫んだ。  どうやらこの傷に関する少女のトラウマを思い出させてしまったらしい。  芽衣は急いで少女の頭に再生掌を当てて、集中する。  泣き叫んでいた少女は、最初は抵抗をしたが、再生掌が効いたのだろう。眠りに落ちていった。  藤原社長は背中の状態を写真に収める。  再生掌で背中の怪我の治療を行いながら芽衣は、「こんな傷を負わせる蛇っているんでしょうか?」と尋ねた。 「分からんな。しかし大蛇であればむしろ獲物は絞め殺してから丸のみをするから牙を持っている種類は多くなかったはずだ。大蛇であることと、牙を持っていることのつながりが腑に落ちないな」 「大蛇が脱走したというニュースもありませんでしたね」 「よく見ると深く噛まれた場所と浅く噛まれた場所の違いがある。深い場所は獲物に毒を注入する牙かもしれん」 「なるほど……あっ」  芽衣の再生掌は、肉体の再生と、毒物の排出を行う異能力である。  深く噛まれた箇所から、黄色い毒液と思われる液体が、傷穴から排出されて来た。  芽衣は慎重に排出されて来た黄色い液体に触らない様に、ガーゼでふき取り、とりあえず空いている瓶の中に入れてふたをした。 「一旦、その中身は私が預かろう」と藤原社長はビンを預かり、部屋を出ていった。  芽衣はその後、少女の肉体に再生掌を処置し、1時間で大蛇の噛み跡と思われる部分の傷は綺麗に治すことが出来た。 (ふう……良かった)と芽衣が安堵のため息をついて、立ち上がろうとした時、か細い声で少女は「あの……ありがとうございました」と声を発した。 「治療して……くれたんですね……痛みがなくなって」  少女は涙声だった。 「私は……私は……きっと殺されたんです……まだ震えが止まらない」  少女の身体は小刻みに震えていた。背中の痛みが無くなったが、殺される間際の恐怖が改めて思い出されているのだ。 「落ち着いて」  芽衣は少女の頭に掌を載せて、再生掌の力を送る。  過去は変えられないが、脳に傷がある場合は、この方法で緩和が出来るのを、芽衣は経験則で知っていた。  芽衣もカウンセラーではなく、応急処置にしかならないことは、芽衣自身が一番わかっていた。  そもそも、殺された人間の恐怖を、カウンセリングしたカウンセラーなどいる訳が無いのにだ。  15分くらい再生掌を当てていると、少女の呼吸も落ち着いて来た。 「私は春田芽衣(はるた めい)。無理には話さなくても良いよ。もし良ければあなたの名前を教えてくれてもよい?」 「高峰 沙羅(たかみね さら)です……」沙羅(さら)という少女は涙声で自己紹介をした。 「さらちゃんか。綺麗な名前だね。よろしくね」  沙羅は「はい……」と元気のなさそうに、しかしきちんとうなずいた。  この部屋は風俗嬢の待機場なので、布団はまだある。  芽衣はもう一組、布団を出すと、沙羅の横に並べた。 「今日は私が隣りに寝るから。何かあったりしたら起こして良いからね」と芽衣は説明した。  時間を見ると、もう午前3時を回っていた。水月に今日はこちらの部屋で寝る事をLINEする。  沙羅は布団を被って、まだ泣いている様だった。  芽衣はその横の布団で寝る体勢になりながら、自分が藤原社長に拾われた事を思い出していた。  場所が変わり、ここは朝日奈真示の泊っている部屋である。  先ほど、真示のLINEに、大事なLINEが来ていたので、それを返したところだった。  LINEを送って来た主は、真示が恋心を寄せている、桐島美穂(きりしま みほ)からだった。大事と言っても他人から見れば他愛のない内容に見えるだろう。  美穂からは「最近、読書をするようになって来て、物語を自分で書きたくなったの。私、作家になれるかな?」  真示の返信は、「最近は簡単にネットで投稿出来るサイトもあるから、やってみれば良いと思う。美穂の書く話は俺も読んでみたいし」  というものだった。    真示は、桐島美穂が掛かっている男性恐怖症のカウンセラーの指導で、桐島美穂が送ってくるLINEにだけは最低限だけ返信して良いとされ、それを忠実に守っている。だから真示から美穂にLINEを送ったり、電話をしたりすることすら出来ないのだ。    真示は16歳の高校1年生で、桐島美穂も同じ16歳だが、桐島美穂は重度の男性恐怖症のため通学が出来ずに、通信制の高校に通っている。  桐島美穂は中学時代、黒髪でショートカットが似合い、クラスの副委員長をしていた。明るく美形だが、人の悪口を言うのが嫌いな純真さを持ち、美術の得意な女子だった。  そんな彼女が重度の男性恐怖症の原因となったのは、桐島美穂が中学生の時に、担任の教師から受けた性被害だった。  担任教師は、職場では日本の女性差別の酷さを挙げ、女性の味方の発言が多かった。性教育の充実や、女性の安全や権利の充実を図るべきだと、声高に発言する教師だった。  当然、保護者からの信頼も厚く、女生徒の人気も高かった。  だから誰も気が付かなかったのだ。その教師が長年多くの女生徒を毒牙に掛けている事に。  当時、性被害に遭い、自殺しようとしていた美穂を止めて、真示は担任の行動パターンを掴み、証拠を集めて追い詰めた。しかしその担任は単独犯ではなく、悪質なリターナーが組織しているペドフィリアオンラインコミュニティのメンバーだった。  あと一歩というところまで空手と策略を使って、担任を気絶させスマホを奪うところまで追い詰めた真示は、悪質リターナーによって殺されてしまった。  その後に、真示はリターナーとして蘇生する事になった。  真示は、彼の持つ異能力の「強制自白」を使い、ペドフィリアオンラインコミュニティのデータを全て自白させた。そして全てのデータを消去させ、一人一人の加害者を社会的に始末する活動を、今も続けている。    朝日奈真示は、外見こそ不良っぽくは見えるが、記憶力に優れており、教科書は読んだだけで暗記出来る。そのため実は学校に行く必要があまりない。また空手を小学生時代からやっていたのと、リターナーとして蘇生してからは陰陽流空手を学んだため、高校で彼に暴力で勝てる男子生徒はいない。  彼が学校を歩くだけで、素行の悪い生徒が大人しくなるので、裏では「あの人」と呼ばれている。  それでも「女性の話は聞くものよ」と姉の千歳からの教えは忠実に守っているのと、よく見れば格好良い外見はしているので、女子からの人気は高い。告白される事もあるが、やはり真示の中にあるのは、桐島美穂しかおらず、全て告白は断っている。  だが、桐島美穂の男性恐怖症が完全に良くなる保証はない。  そして良くなったとしても、リターナーの真示と、美穂では、時間というものがあまりに違い過ぎる。  そんな矛盾した思いを抱え苦悩しながら、それでも悪質リターナーとその協力者は法を超えて罰して行動しているのが、朝比奈真示という男子だった。 (美穂の様な犠牲者を、これ以上増やさせない)  まだ起きながら、ノートパソコンを開いて、神聖千年王国の情報を調べていた真示の目つきが鋭くなる。 (建物からして不審な点がある。となると教祖がいるのはやはりここか)    
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