第23話 決戦準備3

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第23話 決戦準備3

 ヴィーナス倶楽部はホテヘル店のため開店は通常夕方18時。準備は17時である。  それが今日は朝10時に、社長室に作戦に参加する全員が集まっている。  藤原社長、水月、芽衣、千歳、真示が大きめのテーブルに座っている。  藤原社長が口を開いた。 「皆、おはよう。改めて説明をするが、今回の作戦は神聖千年王国の教祖、および御堂宗一を暗殺することだが、改めて理由説明をする」 「神聖千年王国は、不老不死の研究をしている製薬会社に多額の献金をしている新興宗教団体だ。だが本当の問題はそれだけではない」 「本当の問題とは何ですか?」水月が尋ねた。 「水月。以前に我々リターナーにとって、最も脅威になるというものが何か話した事があったと思うが、覚えているか?」 「はい。私たちリターナーの存在が人間に知られることです」 「その通りだ。リターナー自体は、決して一枚岩ではない。リターナーを保護しようとする者もいれば、人間に危害を加える事を好む者もいる。人類と共存しようとする者。人里離れて暮らす者。まちまちだ。だがその中で群を抜いて危険な存在がある。それはリターナーの不老の秘密を積極的に人間に取引し、利益を得る代わりにリターナー全体を危険に晒そうとする連中だ」 「……そんな! まるで裏切り者じゃないですか!」芽衣が叫んだ。 「そうだ。そういうリターナーの派閥を『人類利用派』と、我々は呼んでいる。リターナーにもいろいろな派閥はあるが、『人類利用派』に対しては、他の派閥の意見も『抹殺すること』で一致している。それは我々も同様だ。連中は人間社会とリターナーの共存を脅かし、戦争さえ起こしかねない」  藤原社長の声は低く、全員に危機を感じさせた。 「ヤクザ派閥の武闘派のリターナーでさえ、『人類利用派』の抹殺には賛成してますしね」真示がため息をつきながら口を開いた。   「そうだな。そして『人類利用派』の組織『暁の明星』と『神聖千年王国』が取引をしていることが、濃厚であることが分かった」 「『暁の明星』というと、確か多国籍企業とも関係があると言われていますよね」千歳が真剣な表情で聞く。 「そうだ。そのためおそらく『暁の明星』の幹部リターナーも、『神聖千年王国』の本部におり、教祖の近くにいる可能性がある。『暁の明星』の幹部クラスのリターナーは、通常のリターナーと比較しても極めて手ごわい。その幹部クラスのリターナーとは、私が直接戦う」  藤原社長は目を細めて言った。    藤原社長が手ごわいと評価するとは、いったいどれくらい厄介な異能力と戦闘能力を持っているのだろう。水月は改めて緊張した。   「作戦当日。芽衣と水月。千歳と真示。お前たちは2人ずつで行動するように。そしてこの場合のターゲットは芽衣と水月は御堂宗一。千歳と真示は教祖となる」 「すいません、藤原社長。御堂宗一がいるというのは、確実なんですか?」真示は尋ねた。  真示の疑問ももっともと言えばもっともなのだ。今のところ直接見たという証拠はなく、水月の感覚でしかないのだから。 「いる可能性が高いと考えている。水月の感覚とそして彼の功績というものが、教団の中で評価されているのであればな」 「分かりました。とにかく今日やるべきことは、潜入に関しての情報を調べることですね?」 「その通りだ。これから各人に今日行うことを伝える」藤原社長には明確なプランがあるようだった。 「千歳と芽衣」 「はい」 「千歳は、沙羅(さら)が殺された時の記憶を、追憶共有でアクセスし、皆に共有することだ。あの女の子の傷から考えても、『神聖千年王国』と無関係とは思えない。沙羅(さら)の説得には芽衣。一緒に協力するように」 「……分かりました」  千歳と芽衣は真剣に答えた。千歳は「追憶共有」を使う時に自分が受ける精神的ダメージを想像し、気分は重かった。  しかし任務と思い気持ちを切り替えた。  芽衣としては女子中学生の沙羅(さら)に、死んだ事実を伝えるのは気が重かった。しかしこれもやるしかないと、落ち込むことはやめた。 「真示と水月」 「はい」 「真示は、『神聖千年王国』本部の内部構造を探ってもらう。内部に侵入するにあたってパスカードなどが必要になるはずだから、それはお前の異能力に任せる。目的は教祖や御堂宗一、『暁の明星』のリターナーがいる場所の確認だ。エレベーターの構造や電気系統の確認も含めてな。ただ教祖や『暁の明星』のリターナーと戦闘になっても勝ち目は無い。戦闘になりそうな状況ならば逃げ帰ることを優先しろ。水月は危険もあるが、真示と一緒に行動し、真示をサポートするように。宗教施設の造りについては水月の方が慣れているはずだ。だが水月も御堂宗一の攻撃の気配を感じたらすぐに戻れ。戦うのは今ではない」 「……分かりました」重々しく真示は答えた。  真示は、自分の実力を過大評価することはしない。そして危険な時に逃げる必要があることは、重々分かっていた。昨日のネットでの構造の確認を裏付けるための捜査として、真剣にとりくむべく、やる気がわいて来た。 「了解です」水月も答えた。  水月は、確かに福岡の教団施設へ遊びにいったこともあったため、教団の施設については経験があった。御堂宗一の不気味な気配や視線が気がかりではある。  そして水月自身の『異能力』もまだ何なのか完全に分かってはいないのだ。    しかしもし何かあれば陰陽流空手でしのいで、やるしかないだろうと水月は心に決めた。 「水月と芽衣は、連絡用にこのアプリをインストールしておくように。我々リターナー専用の連絡用のアプリだ。盗聴防止、ハッキング防止機能付きだ」  藤原社長が教えてくれたアプリを、水月と芽衣はインストールし、そこにいる全員でグループを作った。 「説明は以上だが、何か質問はあるか?」と藤原社長が聞いたが、その場では出ず、何か異常事態が発生次第、チャットかそのアプリの通話機能で行うことになった。 「では各自、行動開始」  藤原社長の言葉で、全員が社長室を後にした。  芽衣は、不安でたまらなかった。  一緒に歩きながら、千歳は「芽衣さん、今日はよろしくね」と明るく声をかけてきた。 (やっぱりすごいなこの人)と芽衣は千歳の気遣いに感心するしかなかった。  エレベーターで、先に水月と真示組が行ってしまったので、またエレベーターが帰ってくるまで時間がある。  芽衣は「千歳さん、私のほうこそよろしくね。本当にすごい異能力なんだね」と答えた。  答えつつも、まだ比較癖が抜けない。劣等感が残っている……と芽衣は思った。 「そんなことは無いよ。私はこの能力が重くて苦しくて、たまに逃げ出したくなるの」と千歳は答えた。 「もちろん、こんなことは藤原社長の前じゃ言えないけどね……芽衣さん、とても話しやすいから」  千歳の目は、芽衣の目を真っすぐに見ていた。本当の意味できれいな瞳だと芽衣は感じた。 「どんな風に逃げ出したくなるかはあとで分かると思う。でも……だから藤原社長は芽衣さんに来てもらったと思う」 「そうなの?」   「きっとそう。だから私は芽衣さんのことが、会った時から好き。私が耐えられなくなったら、力を貸してね」  芽衣は聞きながら、体が温かくなるのを感じた。こんな頭のきれる人が、私を頼ってくれているんだ。好きでいてくれているんだ。  エレベーターが来て、二人とも降下する。 「うん……当たり前だよ」  芽衣はそう答え、沙羅(さら)のいる部屋のドアを開けた。
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