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第24話 決戦準備4
芽衣がドアを開ける。
「ただいま」と芽衣が言いながら中に入ると、沙羅は布団の上に毛布で体を包んだまま、震えていた。
よく見ると目が腫れており、今まで泣いていたのが分かる。
何と言って話をしていったら良いものか……と芽衣は頭を抱えながら、ポットからお湯をコーヒーカップに入れて、紅茶のティーバックを入れ、3人分の紅茶を作った。
千歳は、「寒くない?」と笑顔で沙羅に話しかける。
「は、はい。寒くは無いです……」と沙羅は小声で答えた。
千歳は沙羅の様子を見ながら、沙羅の容姿について、中学生の中でも、かなり美形の部類に入ると考えた。
千歳は異能力「共感」を発動させる。沙羅から伝わってくるのは、強い恐怖。不安だ。
千歳が「共感」を使って確認している内に、芽衣が紅茶を持ってきて、全員に配った。
「ここに来て、少し落ち着いたかな?」芽衣が尋ねた。
「はい……怪我も治してくれて、本当にありがとうございました」
沙羅は感謝の言葉はあったが、沙羅の口調そのものは虚ろだった。
どうしたものか……と芽衣が考えていると、頭の中に千歳の声が聞こえて来た。(追憶共有を使って、私の考えを飛ばしてます。先に私が説得しても良いですか?)というものだった。
(追憶共有はこういう使い方も出来るのか)と芽衣は驚き、うなずいた。
千歳はそれを確認して、沙羅の隣に座った。あぐらをかいたようなリラックスしたような座り方だ。
「私、まだ自己紹介していなかったね。私はここにいる芽衣さんの友達で、朝日奈千歳です。よろしくね」
「……私は……高峰沙羅です……」
沙羅は目線を合わせないで答える。
「呼び方は沙羅ちゃんで良い?」
「…はい。良いです。千歳さんで良いですか?」
「良いよ。あのね沙羅ちゃん」
「……はい」
「沙羅ちゃんにとって、沙羅ちゃんの今って、どういう風に考えているかな?」
その質問は沙羅の不安を直撃するものだった。
「良く分からないんです……自分が今どうなっているのか」声が震えていた。
「どうなっているのかとは?」
「生きているのか、死んでいるのか、これからどうすれば良いのか、もう何もかもが良く分からなくて……」
千歳は、「そうだよね……誰もがそう感じるのが当たり前だもの。私や芽衣さんもそうだった」
「二人もそうだったんですか……? 同じことがあったんですか?」
「そう。私たちは沙羅ちゃんに嘘をつきたくないから正直に言うね。沙羅ちゃんは一度死んだ」
「……」
沙羅の呼吸が一瞬止まった。
「……それなら、それなら、そのあと運よく生き返ったということなんですか?」
「そうね。沙羅ちゃんは生き返った。ただし人間とは別の存在としてね」
「……人間とは別の存在……って一体……何なんですか?」
「リターナー。帰還した者という意味で私たちは呼んでいるの。人間を超える力やスピードを持ち、20歳までは年を取るけれど、それ以上は年を取らなくなる不老の存在」
「そんな……そんな……」 沙羅の顔は状況を理解できずに、くしゃくしゃになり、両眼から涙が溢れて来た。
「リターナーは強い生命力を持って、人間よりははるかに死ににくいから、だから沙羅ちゃんは芽衣さんの治療を受けて回復まで出来たのよ」
沙羅は下を向いて沈黙していたが、「フフフ……アハハハハ」と笑い始めた。
「笑っちゃいますよね……千歳さん……人生って残酷で……」
千歳も芽衣も黙って聞くしかない。そんな空気が流れた。
「あんな怖い思い、あんな屈辱的な思いをするぐらいなら、あんなことを覚えているぐらいなら、とっとと死んで楽になれれば良いのに……」
沙羅の口の形は笑っていたが、涙がぽたぽたと落下した。
「なんで私、わざわざ生き返ってしまったんですか……また何度もあんな苦しみを味わえってことなんですか……?」
「あんな苦しみって?」間髪入れずに千歳が質問に転じた。
「私……『神聖千年王国』という新興宗教の聖歌隊に入ってました。そこは歌も上手くなければならないし、ルックスも良くないと入れない、上手い子は芸能界にも行ける。そんなところだったんです……」
「そこで何があったの……?」
「でもね、芸能界に行けるなんてのは本当に一部の優れた子だけでした。でも、でも……私はそこに居られるだけで、幸せだったんです。あの日までは……」
「あの日って……?」
「あの日、あの日……嫌ああああああああ!皆が、皆が死んで!私も縛られて……!思い出したくない!皆の手足が!内臓が!!血が!!」
沙羅は半狂乱になり、叫び、手元のコーヒーカップを床に叩きつけた。
そのまま指で、自分の腕に爪を立てて、切り裂いた。鮮血が飛び散る。
芽衣の行動は迅速だった。
千歳と沙羅の間に入って、そのまま、沙羅を抱きしめる。沙羅の指は、今度は芽衣の背中を刺し、シャツを切り裂き、背中の肉を何度もえぐり、血が大量に飛び散った。
それでも芽衣は沙羅を離さず、沙羅の後頭部と、背中を抱きかかえた。
15分ぐらいそうしていただろうか。芽衣の「再生掌」の効果があったようで、沙羅の呼吸も落ち着いて来た。
「……沙羅ちゃん」芽衣は口を開いた。
「私も千歳さんも同じリターナーなの。私たちは同じような悲劇が起こらない様に、それを食い止めることが出来るように行動しているの」
「……そうなんですか……?」
「死んだ人は戻らない。だから新しく事件が起こるのを防ぎたい。だから協力して欲しいの」
「……私には何もありません。何も出来ない」
「そんなことは無いよ」千歳が口を開いた。
「あなたが生きていること。それがあなたの出来る事だと思う。私は貴方の記憶を見ることが出来る。もし貴方が同じような悲劇を……殺人を食い止めたいなら。食い止めるのに協力してくれるなら」
「……はい」
「……沙羅ちゃん。あなたの記憶を見ることを許可して欲しい。良いかしら?」
「……聖歌隊の後輩が……これ以上殺されない様にしてくれるんですね?」
「約束します」
「……殺された友達の敵を取ってくれるんですね?」
「それも約束します」
「……私の敵、私の屈辱を晴らしてくれるんですね?」
「もちろん、それも約束します」
凛とした声で千歳は答えた。
「それなら……良いです……」
沙織は左腕で自分の目を抑えた。耐え難い屈辱という言葉からして、彼女も辛い記憶を思い出したのだろう。
「ありがとう」と、千歳は沙羅の右腕を両手で握る。
芽衣は、千歳をサポートするために優しく沙羅の額を抱きかかえた。
千歳の視界が変わり、急に騒がしくなる。それは神聖千年王国の演奏会用の大ホールの光景だった。
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