第25話 決戦準備5

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第25話 決戦準備5

 ここは神聖千年王国の演奏会用の大ホールであり、ドーム型のホールである。  神聖千年王国は、芸能界とも関係があり、女優やアイドルを毎年芸能界にデビューさせている。そのため純粋に聖歌を歌う聖歌隊もあれば、アイドル様にダンスなども行うレッスンや、女優としての演技指導を行うレッスンも行っており、芸能の分野で進出していこうという教祖の思惑があった。  高峰沙羅は聖歌隊のメンバーである。  神聖千年王国には、アイドルや女優を目指して練習をしている同じ14歳の中学2年生の知人もいたが、練習量や求められるものが格段に異なり、同じ年齢ながら雲の上の様な人達に見えていた。彼女たちは多分、生まれ持ったものが違うのだと感じざるを得なかった。    沙羅としては、家族みんなで信仰している神聖千年王国の聖歌隊として、感謝の意味を込めてセレモニーやイベントで、教祖や先生方に報いたいという純粋な気持ちがあった。  聖歌隊の友人達とは仲が良く、よく自主練習を行っていた。  大ホールを見て、(本番はここでやるんだなあ……)と感激しながら、いつもの練習室に行く。練習室は中の良い聖歌隊の友人5人が集まっていて、先に練習をしていた。 「沙羅遅ーい。遅刻」 「ごめんごめん。ちょっと大ホールを見て来たんだよ。いつか本番はあそこで歌うからさあ……」 「そういう時は一緒に行くっていってよ」 「あー、時間も無いから練習始めるよ」  他愛ない会話と笑顔、沙羅はこの聖歌隊の友人達5人が大好きだった。聖歌隊は他にもいるが、この5人とは不思議に気が合い、こういう休みも自主的に集まって練習するほどだった。  練習して1時間くらい経過しただろうか。  トントンと、ドアをノックする音が聞こえた。  開けると、40代くらいの紳士が立っていた。 「練習中に失礼。とても美しい歌声が聞こえたもので……。聖歌隊の方でしょうか?」  その40代の紳士は年齢にそぐわない礼儀正しさで尋ねてきた。 「はい。聖歌隊です。今日は自主練習をしてまして」沙羅が答えた。 「なるほど感心ですね。もう20時になるというのに……おっと失礼、私こういう者です」  紳士が出した名刺にはこのように記載がしてあった。 「教祖補佐 御堂宗一(みどう しゅういち)」 「教祖補佐様ですね。このようなところにお足をお運びになり、誠にありがとうございます」  教祖補佐という役職は、沙羅も初めて聞いた。教祖補佐ということは、教祖の秘書的な役割なのか、教祖に近い存在なのか。徳の高い人には変わりは無いので、とても尊く感じた。 「いえいえ、こちらこそありがとうございます。以前は福岡県で支部長をしていたのですが、功績を評価されて、今は教祖様のお側で働いているのですよ」  とても通る声で、御堂宗一は答えた。来ている高級なスーツ、まとっている雰囲気、そして偉ぶらない態度。沙羅は御堂宗一にとても好感を持った。 「もし、ご迷惑でなければ、皆さんの練習を聞かせて頂いても良いですか? 邪魔はしませんから」と御堂宗一は尋ねた。  沙羅以外の友人も、御堂宗一に好感をもったらしく、全員一致で「是非お聞きください」となった。  皆が聖歌の練習をし、御堂宗一は離れた場所で、座って聞く。  沙羅も最初は緊張したが、次第にいつもの声が出て、ハーモニーとなってきた。  歌っていて、15分くらいたったころだろうか。沙羅は気づいた。  どうも声が出しにくいのだ。  頭も何かしらぼーっとしている。風邪でも引いたのだろうか。  ちょっと休憩しないかと声を掛けようとすると、皆もどうも顔色が悪い。 「空気が悪いのかな……ちょっと換気しようか」  沙羅が提案した時だった。  椅子に座っていた御堂宗一が、窓際に歩いて移動し、窓際のカーテンを無言で締め始めた。  「すいません教祖補佐、どうも空気が悪いので、窓を開けた方が良いと思うんですけど……」と沙羅が言った時に、メンバーの一人が膝をついてしまった。  顔色が悪く、口からはよだれの様なものが出ている。 「苦しい……」と、別のメンバーも同様に膝を突く。  そしてそれは沙羅も同様だった。まるで体に力が入らないのだ。  がっくりと膝をついて倒れ、そのまま横になってしまう。  意識だけはどうにかある状態だった。口もきくことが出来ないのだ。  御堂宗一だけは元気で、今度は廊下側のカーテンを閉め、練習室の電気を消した。 「これぐらいの室内だと、完全に変化しないで、麻痺毒が浸透するのは、約15分くらいということか……。テストケースにはなるな」  御堂宗一は、独り言をつぶやく。  沙羅は何が起こっているのか、全く理解が出来なかった。 「何が起こっているのか、まるで分らないんじゃ可哀想だ。せめてこれぐらいは見せてあげよう」  御堂宗一は、スマホのライトを付けて、教壇に置いた。  御堂宗一は上着を脱ぎ、Tシャツも脱いで上半身を裸にした。  いったい何が始まるのか、沙羅は慄然と、その光景を見ているしかなかった。  御堂宗一の両腕の先から、腕が2つに割れていく。そしてその腕は膨張し、先端はまるで巨大な蛇、アナコンダのような顔をもつ大蛇に変化した。  1つの腕が、2つの大蛇となり、そして長さも伸び、10mくらいの長さになる。  御堂宗一は、4本の大蛇を操る、もう人間とは呼べないような存在に変化していた。  沙羅は、逃げたかった。でも体に力は入らない上に、声も出すことが出来ない。  気絶出来たらまだ良いだろうが、それも出来ない。   「この蛇は麻痺毒を持っている。君達が練習中にこの部屋には麻痺毒を撒いておいた。だから君たちは意識しか自由に出来ない。さて」 「あいにくこの体になってから、自分の凶暴性や欲望を抑えるのが非常に難しくてね。まあ聖歌隊など、いくらでも補充が聞く存在だ。今夜は私の役に立ってくれ」 「ああそうだ。私に挨拶してくれた君。君を始末するのは、お礼として最後にしてあげよう。君の学友がどのように扱われるのかをじっくりと見ると良い」  そう言って御堂宗一は、文字通り舌なめずりをしたあと、凶暴かつ素早く、大蛇を動かした。大蛇は本体の凶暴性を反映しているかのように、残虐に一人ずつ処刑を開始した。    それは大蛇が食欲を満たすために動物を食べるのではなく、明らかに御堂宗一のサディスティックな欲求を満たすためのショーだった。  体が麻痺しているから、悲鳴を上げる事すら出来ない彼女たちが、もし口が聞けたら悲鳴と絶叫と命乞いの懇願の叫びがされていたに違いなかった。  御堂宗一の悦楽により、聖歌隊は四肢をバラバラにされ、体を貫かれていく。友人達が死んでいくのを見ている沙羅は、彼女たちの苦しみを想像して、発狂しそうだった。  沙羅の意志が通じたのだろうか。たまたま麻痺性のガスの利きが解けてきたのだろうか。一瞬沙羅の身体が動くようになったのだ。  沙羅は最後の力を使って入口方面に向けてダッシュしようとした。  しかし部屋が暗い事もあり、接近していた蛇の1匹に気付くが遅れた。  無慈悲にも大蛇は沙羅の背中に牙を連続で突き立てる。  牙には食用と、毒用の長い牙があるらしく、麻痺毒を受けた沙羅は再び動くことが出来なくなってしまった。  御堂宗一は、沙羅を丁寧に大蛇を使って、イスに座らせた。  練習室には無残に解体された、聖歌隊の遺体が転がっている。  御堂宗一は厳粛に語り始めた。 「異常と呼ばれる性欲には、いくつか共通項がある」 「それは、相手が抵抗出来ない者、抵抗する事が難しい者であるということだ」 「つまり、ここで転がっている君の学友にも、そういう意味では価値があるということだ。分ってくれるだろうか?」 「男など、口を開けば正義だの人権なんだのと言っているが、自分の支配欲を満たすことが第一優先でしかない。そうでなくてはこういう事にも執着するはずがない。私のやっていることは、極めて正常なことなのだよ」 「もともとこの新興宗教団体は、そのために作られたものだ」 「いかんな。この手術を受けた副作用でどうも欲望が自制できない、口が軽くなる、凶暴性が抑えきれなくなる……」 「君はどうやって、私のこの凶暴性に応えてくれるのか、鎮めてくれるのか、私はそれを期待しているんだよ。それを見せてくれ……」  筆舌に尽くしがたい行為。そこで沙羅の記憶は途切れた。  千歳は『追憶共有』から戻り、ガタガタと震え、トイレに駆け込むとそこで吐き出してしまった。  30分くらい吐き出してから、青い顔をして出て来た。  芽衣は沙羅の頭を抱えながら、「千歳さん、大丈夫?」と尋ねた。 「……芽衣さんありがとう。後で頭のケアをお願いします」  千歳は芽衣に力なく微笑んだ。陰陽流空手の呼吸法で呼吸を整えてから、千歳が低い声でつぶやいた言葉が、芽衣の耳に届いた。 「ひど過ぎる。あいつは……生かしておけない。必ず始末しないと」    そう言うと、千歳は沙羅の手を再び両手で握った。  それはあんな酷い事をされた沙羅にたいする悲しみと、御堂宗一の秘密を教えてくれた沙羅にたいするせめてもの礼だった。
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