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第26話 決戦準備6
神聖千年王国本部は、大阪市の一等地にある。
本部ビルと、中学、高校、大学があり、イベント用の文化用ホールなどもその中にはある。
そのため、人数にして大体4千人ぐらいが、今敷地内にいると思われる。
丁寧に刈込された植栽、清潔な構内。幸せそうな学生生活を送っていそうな学生達。
(ここが普通の大学だったらどれだけ気分が安らぐのか)水月はそう考えた。
以前に遊びに行った福岡の教団施設と似ているところもある。
教団の書籍売り場が充実していることや、教祖の彫像がいたるところに立っていることや、教団の歌を歌っている聖歌隊が合唱をしていることは同じだ。しかしスケールが福岡の教団施設とは全く違う。
水月はまるで、テーマパークの様に感じた。
水月は御堂宗一に外見で発見されにくい様に、ツバ付きの帽子をかぶり、サングラスをかけている。
「理沙、準備は良いか?」真示が水月に話しかける。
「問題ないよ」と水月は答える。理沙という偽名を使っているのは、名前がもし御堂宗一に聞こえた場合を考えての事だった。
「了解。陰陽流空手の『頸椎針』はまだ習っていないんだよな?」
「うん」
「分かった。今回の任務はパスカードを入手する事なんだが、5枚にプラスして予備で2枚。合計7枚を俺が手に入れてくる。理沙はこの本部施設の中の警備室の場所を調べてくれるか?」
「分かった。何かあったら例のアプリで連絡すれば良いんだよね?」
「そうだな。そしてもし例の危険人物の気配を感じたら、俺を置いてとにかく逃げてくれ」
「分かった……真示も気を付けて」
「ありがとう。それじゃまた後で」
2人は分かれた。
真示と別れて歩いていた水月は、急に悪寒に襲われた。
(これは……)
思い過ごしかも知れない。しかし全身を通して感じたこの寒気は、気のせいと片付けるのは難しかった。
御堂宗一が自分をどこかで見ている様な気がするのだ。
しかしもちろん確実ではない。考えすぎだろうかとも水月は思う。
周囲を見ても、御堂宗一の姿はなく、普通の信者や学生が歩いているように見えるだけだった。
とりあえずこのことを、確実性はないと前置きした上で、真示にチャットで報告する。
真示はしばらく考えたあと、もう一度感じたらもうこの本部施設から走って逃げることと、真示自身も出来るだけ迅速にミッションを終わらせることをチャットで伝え、水月もそれに同意した。
朝日奈真示は、パスカードが無くても入る事の出来る、敷地内の公園の公衆トイレに入った。
真示も一旦、用を足して、手を洗う。
そして公衆トイレを利用する者が、1人になるのを待つ。
今いるのは20歳くらいの大学生だった。ごく普通の短髪の、真面目そうな男性である。
その彼の小便が終わって、ズボンのベルトを締め直そうとした時、真示はさりげなく近づき、背後から貫手を高速で彼の頸椎に突いた。
よく首筋に手刀を当てて相手を気絶させるというのが、漫画やドラマの演出ではあるが実際にはあのような事は出来ない。
陰陽流空手の「頸椎針」は人差し指と中指で作った貫手に気をまとわせ、そこで首の頸椎の経絡を突くことで、相手を気絶させる技である。
この「頸椎針」の利点は、5時間ぐらい気絶させることが出来ることと、相手の肉体に気絶以外のダメージを与えにくい事だった。それだけの練度が求められるので、陰陽流空手の中でも参段でないと、これは教えていない。
首尾よく大学生の彼が気絶したので、そのまま彼をトイレ内の個室に入れ、持ち物を調べてパスカードを奪うことに成功した。
(悪いな)と思いつつ、そのままトイレを脱出する。
真示はトイレから出て、そのまま堂々と公園内のベンチに腰掛ける。
ポケットからジッパー付きの袋を取り出す。
その中から、ピンポン球くらいの大きさのガラス球のようなものを取り出した。
球をパスカードに接触させると、球からまるで植物の根のようなものが生え、それがパスカードの中にどんどん侵入していく。球自体も形を崩しながら、パスカードの中に入っていった。完全に入って10秒後、パスカードがチカッと光る。まるで根付いた事を伝える様だ。
「行くか」
そう言うと、真示は大学の校舎に入っていく。入口にパスカードのチェックシステムがあるので、当然の様にそこにカードを当てる。問題なく通過が出来た。
同じように男子トイレで待ち伏せをし、同じように「頸椎針」を繰り返し、計7枚のパスカードを入手したあと、同じようにガラス球と一体化させた。
目標の7枚を入手するのに、だいたい1時間半が掛かった。
念のために一番警備の固いと思われる本部ビルのゲートも試してみるが、ここも問題なく通過が出来た。
専用アプリのグループで、パスカード7枚入手成功の連絡を行う。
「目標のパスカードを7枚入手できた。理沙の様子は?」と専用アプリでチャットを入れる。
「お疲れ様。警備室は大学の1階、本部ビルの1階にあって本拠地はやっぱり本部ビルの1階みたい。今のところ御堂宗一の気配は感じない」
「ありがとう。下手に本部ビルに行って危険人物に出くわすのもまずい。俺は警備室の様子と、教祖が普段いると思える場所を調べてくる」
「分かった。無理はしないように。私は何をしたら良い?」
「そうだな……とりあえず、一度合流しようか」
「分かった」
真示と水月(理沙)は、大学の学園棟付近で合流した。
真示は、パスカードを1枚、水月に渡す。
「ありがとう。どうやって入手したの?」
「まあ穏便にね。ここでは話せないから帰ったら話すよ。それにしてももう昼だな。飯でも食っていくかい?」
学園棟に入るため、水月もパスカードを使ってみたが、難なく入る事が出来たので、正直驚いた。
学食についたので、真示はカレーライス。水月は焼き魚定食にした。
傍から見れば、付き合ってる者同士にも見えるだろう。
食べながら、改めて真示は、水月の顔を見た。もっとも今日は帽子にサングラスという格好で、しかもそのままで食べているので、全部が見える訳では無いのだが。
よく見てみると、美しい顔をしていると、正直に思った。
水月は焼き魚定食を食べる時に、骨は丁寧に取り除いて皮も食べる様にしているので、最初は焼き魚に集中していたが、真示の視線に気づいて真示の方を見る。
ここのところ、あまりにも色々なことがあって、真示の顔すらまともに見ていなかったことを水月は思い出した。
真示は黒髪を短くしており、上に着る服はだいたい黒系。ズボンはカーキグリーン系が好きらしい。
お互いの目が合った。
「理沙ってさ」
「何?」
「魚の食べ方、上手いんだね」
「……ありがとう。まあ食べられるところを残すともったいないからね。YouTubeで食べ方を勉強したんだ」
「そうなのか……偉いな」
「偉いのか……。まあありがとう。誰も教えてくれなかったからなんだけどね」
「自主的に学ぶことはなんであれ、大したもんだと思うよ」
「そっか……ありがとう。……あのさ。真示の事って、今更なんだけど何て呼んだら良い? 私の方が学年では上だけど、人生経験上は真示が先輩なところもあるから気になってた」
「面倒くさいから、真示で良いよ。俺のほうこそさん付けで呼んだ方が良いかな?」
「私も今更面倒くさいから、そのまま呼び捨てで構わないよ」
「お互い面倒くさいって面白いな。あれ?」
「なんかあった?」
「ちょっと理沙の表情が柔らかくなった。何つーか、今までずっと張りつめていただろうから、無理も無いと思うけど」
「そうかな……そう言えばここ最近、ろくでもない男をぶちのめして来た記憶しかない」
「そりゃ、そうなるのも無理ないよ。俺もその中の一人にならないように気を付けよう」
「何なのそれ。私は凶暴な熊とかじゃないんだから。ああそうだ、真示の顔なんだけど」
「俺の顔?」
「ここのところ、バタバタして、まともに真示の顔を見た事が無かったんだよね。それで今初めてまともに見たんだけど」
「初めて?」
「眉の形とか、もう少し綺麗に整えたりすると良いと思う。髪型も毛先とかを遊ばせれば、結構印象が変わるんじゃないかな。元が良いから、きちんとすればもっと良くなるかも」
「そっか……」
「……なんか。元気ないね」
「……俺の好きな女の子。重度の男性恐怖症なんだよ」
そう言って真示は窓の外を見つめた。
水月が初めて見る、苦悩している真示の表情だった。
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