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第27話 決戦準備7
水月は思わず、声が出なかった。
水月も決して男性の事が好きではなく、御堂宗一との関係でむしろ男性嫌悪が悪化している。
しかし、重度の男性恐怖症となると、深刻な性被害を受けたのだろうと想像し、胸が痛くなった。
真示は続けた。
「ここで話すことじゃないだろうな……機会があれば、話すよ。俺にとっては彼女の様な女性被害者を作りたくないから、今の様なことをしているんだ。側にいたのに、何も気付かなかった馬鹿な奴のやるべきこととして」
真示は、苦笑した。
水月はその苦笑が、真示が無理に笑っているのが伝わって来て、胸がさらに痛くなった。無言でみそ汁を飲み干す。
「……そうだね。ここじゃ他の人の目もあるから。あのさ真示」
「……言いたくなったら、私は耳を貸すから。ただ……これは気休めかも知れないけど、真示自身は責めないで。それで無茶はしないで欲しい。それは私も嬉しくない」
「……理沙も姉さんと同じような事を言うんだな……驚いたよ。仕方ない、気を付ける事にする」真示は、そう言って息を吐いた。彼が心を落ち着ける時に行う呼吸法だ。
「午後になった事だし、次にやるべきことを始めようか」
呼吸を整えると、いつもの真示の顔に戻っていた。
真示と理沙(水月)は、学食を出て、人気のない公園のベンチに座った。
「このパスカードは、どこにでも入れるの?」周囲に人がいない事を確認し、水月が聞いた。
「ああ、その様に加工してある」
「どうやって?」
「本来ならここで説明したいんだが、連中がどういう異能力を持っているか分からないから、これも後で説明する」
「……分かった。これからどうする?確か危険人物たちがどこにいるのかと、エレベーターや電気構造の確認だったよね」
「そうだな。危険人物についてはともかく、理沙が警備室を調べてくれたので、思いついた事がある」
「と言うと?」
「あそこにこの大学の警備システムの中の、監視カメラが見えるだろう?」
真示が示した先には、大学の廊下の天井についているドーム型のカメラがあった。
「あのドーム型のカメラは、各警備室に繋がっている。ならカメラ側からつなげればいい」
そう言って、真示は例のジッパー付きの袋からガラス球を取り出すと、周囲に人がいないのを確認し、ドーム型のカメラに投げつけた。ガラス玉は割れると思いきや、カメラに枝の様なもので引っ付き、その中に入っていった。
水月が初めてみる不思議な光景だった。
この調子で、大学と、本部ビルの監視カメラ両方に同じ処置をした。
電気構造についても、同じデータがおそらく後で上がってくるだろうと、真示は話した。エレベーターの作りについては、学園棟はごく普通のエレベーターが付いているだけだった。
問題は本部ビルで、本部ビルの場合は13階の階層がある。
1階から10階は、出版部や経理部、システム部などの事務棟の様であり、1階から10階に上がる直通エレベーターはある。
ただ1階から11階以上に上がる直通エレベーターは無い。
何の階なのかを掲示板で確認してみると、11階は人の間。12階は地の間。13階は天の間としか書いていない。
真示は先日、この本部棟の構造を調べた時に、11階以上の部屋が、具体的に何をしている部屋なのかは突き止められなかった。
不審に思ったのは11階から上にはエレベーターが設置されていないことだった。
もちろんインターネットに乗っていた図面なので実際は異なるのかもしれないが、本当だとすれば障害を持つ人に優しくない構造であるということと、真の間取りや構造を隠してるのではないかという事が気になった。
ずっと本部棟の1階エレベーターの前にいて怪しまれてもまずいので、本部棟から離れて、公園のベンチに真示は腰掛ける。そこで待っていた理沙(水月)は気遣いで自販機からコーヒーを買ってきて持ってきてくれた。
「すまないな」と言いつつ、真示はコーヒーを口にした。
「良いって。私が行っていきなり危険人物と遭遇する訳にはいかないから」
「そうだな……。十中八九、本部棟の11階から、13階に連中はいると思う」
「実はその事なんだけど」
「ん?」
「大学を見学しに来た高校生のふりをして、大学生に聞いてみた。『教祖様って普段どちらにおられるんですか?』って。やっぱり本部棟の13階にいるのは間違いないみたい」
「なるほど……! すごいな、理沙。大したもんだ」
「これなら怪しまれないでしょ」
「俺の場合は、相手に何か道義的問題や隠し事が無い限り使えないからな。助かったよ」
「これからどうする?」
「一旦報告して帰る事にしよう。本部棟の10階まで上がって、そこから11階に行く方法もあるが、万が一危険人物に出くわした場合、危険すぎる」
「そうだね。一旦帰る事に賛成」
アプリを使って、現状を伝えて、ヴィーナス俱楽部に帰る事を連絡する。
許可が出たため、真示と理沙(水月)は敷地内を出ようと歩き始めた。
すると、大学の敷地内を通過する時に、ビラを渡して来た男性がいた。
15人ぐらいのサークルの様で、ビラを撒いていたのだ。
年齢は20歳くらいだろうか。
黒髪の美形と言っても良い顔立ちで、ジャケットとチノパンといういで立ちの身長180センチ位のモデル体型の人物だった。
ビラの中身は、「女性の性被害について」というものだった。
思わず受け取ってしまった理沙(水月)の足が止まった。
「ビラを受け取ってくださってくれてありがとうございます。こうした事に興味がありますか?」とその180センチの男性は話しかけてきた。
よく見ると右目が青色、左目が茶色のオッドアイの目をしている。
また声質が良く、浮ついた感じを理沙(水月)は感じなかった。
「女性の性被害についての興味ですか?」と理沙(水月)は逆に質問をした。
「もちろんです。性加害というのは、圧倒的に男性から女性に対して行われています。男性は女性の性被害を軽く考えすぎている。そう思いませんか?」
「……そうは思いますが」
理沙(水月)の中で、御堂宗一からの加害が思い出され、気分が悪くなってきた。何となくこの男からも御堂宗一と同じような臭いを理沙(水月)は感じた。
「理解されているのが素晴らしい。私たちは勉強会や交流会や飲み会を通して、男女で性加害を無くしていくための活動をしているグループなんです。よろしければ勉強会もやっているので、参加してみませんか?」
そう言ってその男性は名刺を差し出した。名刺には「性加害学習サークル 代表 黒須霧人」と書いてあった。
「……その勉強会というのは、男女混合でやるんですか?」そこに割り込む形で、受け取りながら真示は尋ねた。
「もちろんです。参加された女性から、直接性被害の体験を話して頂き、私達男性がそれについて真剣に考えるんです」黒須は熱っぽかった。
「……性被害のことを知りたいなら、テキストは腐るほどある。男性だけでそれを学んで、自分たちが同じことをしないようにすれば良いでしょう……すいませんが、俺たちの趣味に合いませんので、失礼しますね」
真示は理沙(水月)の手を引いて、歩く足を早めて、その場から立ち去った。
理沙(水月)は真示の表情を見てはっとした。
真示は本当に怒っている。
神聖千年王国の敷地内から出て、しばらくしてから水月は尋ねた。
「真示。なんでさっきのサークルの人たちに怒っているの?」
「水月。あれは一見、女性の味方のフリをしているが……実態は女性を引っかけて、セックスに持ち込む連中だ。どれだけ犠牲になっているのか分かったもんじゃない」
吐き捨てる様に真示は答えた。
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