第3話 忌まわしい記憶

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第3話 忌まわしい記憶

 父はよく言っていた。  「宗教家として人の役に立たなくてはならない。特に不幸な子どもたちに愛を与えなくてはならない」と。  父がよく行くところは、子ども食堂など、子どもたちと出会う機会があり、感謝されるような場所だった。  もちろんそのような場所に行くこと自体は、例え新興宗教の支部長だと言えど、福祉目的ならば他人があれこれ言うようなものではない。  現実に父が支部長を行っている新興宗教団体の、提供する食事が役立ったこともあっただろう。  父が子ども食堂に行くので、手伝いをするということで、中学生になった水月も一緒に行くのが日課になっていた。  同年代の子どもたちもいるので、知り合いも出来た。  水月は、決して人付き合いが得意ではない。中学校でも大人しく、運動をするよりは本を読む方が好きだった。  顔が可愛いので男子から告白されたことはあったが、男子というものに対しては、実の父のDVの影響もあって苦手意識の方が強かったので、やんわりと断ってきた。  女子の中でも比較的大人しいグループの中で居場所を作ってきた。  そんな水月だったが、父の子ども食堂への慰問などを通じて、何回か行くうちに、そこに信者の子も来ていたため、自然と話すようになった。  その子は同じ14歳の工藤明日香(くどう あすか)と言い、名前の通りに明るい女の子だった。  黒髪のロングストレートの髪形で、二重の目が大きく、人目を引く顔立ちだった。明日香は水月の父の事を尊敬しており、水月とずっと友達になりたかったらしい。  他人と仲良く交流するのがあまり得意ではない水月ではあったが、明日香とは自分に近い感覚がして、不思議に気が合った。明日香もまた母子家庭で父親がいなかった。  (おそらく苦労して来ているんだろうな)と水月は思い、突っ込んだ質問をしなかった。それは明日香にとっても楽だったらしい。過去のことよりも学校のことや、日々のむかつくこと、好きな化粧品をどれだけ安く手に入れられるか、格好良いと思える男子のタイプなど、屈託のない話をずっとしていた。 「水月ってさ、実際のところ結構モテるでしょ?」 「……まあ告白されることは、あるけどね。でも好きな男子はいないし、付き合ったこともないよ。明日香は?」 「いま付き合っている彼はいるよ。でもなんで男子ってあんなに下手くそなのかって毎回思うよ」 「下手くそって?」 「話もキスも。自分の自慢話しかしないし、人の話は聞かないし。キスは何あれ。ベロベロと舌を突っ込んできてさ」 「プッ。明日香もいろいろと苦労してるんだ」 「キスが下手くそな男って、その先も下手くそなんだってさ。あーあ、私も水月みたいに男と付き合わないようにしようかな」 「なんかあったの?」 「多分あいつは浮気してる」 「はあ……最悪だね。別れたら? 明日香ならもっと良い人がいると思うよ」    父は水月と明日香が話す様子を見て、にこやかに笑っていた。明日香の手を取り合って「娘と友達になってくれてありがとう」と父は言ったのだ。  手を握られている明日香は嬉しそうだった。  新興宗教の家なので、他の家と比較することが適切なのかは分からなかったが、水月の家には、裸婦像の絵画が多く飾ってあった。  それはもちろん芸術作品であるのだが、父の趣味なのだろうかと最初は考えていた。  また、水月の家の習慣なのだが、母が居ない分、料理や洗濯、掃除などの家事を水月が行っていた。  そして入浴は、水月と父が一緒に入っていた。  一緒に入る理由は、水場で裸になって神に祈りをささげるためということだった。  水月としては、正直なところ妙な気持ちもあったが、明日香に話しても父親と一緒に入浴しているということなので、そういうものなのかと考えてしまった。  父は地下室に入って、自分一人で祈りをするためにこもることも多いため、祈る習慣が多い人だとは感じていた。  父の仕事は、新興宗教の支部長という事で、夜に会議や出張もあるらしく、家を二日連続で留守にすることも多かった。  そんな中で、水月は高校に進学した。通える範囲に、水月の入っている新興宗教系の高校があったので、そこに進学したのだ。父も喜んでくれた。  明日香も同じ高校に進学できたのが嬉しかった。  父は、母が死んでから、特に再婚するようなこともなく、水月に対しては優しかった。  家事を水月がやらなくてはならないという事は、水月にとっては負担だったが、やりたい部活動もなかったので、それはそれとして不満も無かった。  高校も慣れている新興宗教系だから、問題もなく、2年生となり、16歳の誕生日も迎えた。  しかし、そんな平穏な日は、ある日急速に崩れていった。  明日香が自殺してしまったのだ。遺書も無く、街中の予備校のビルからの転落死だった。  それを聞いた時、水月はショックのあまり、倒れそうだった。  あんなに明るかった明日香がどうして……なぜ何も言ってくれなかったのか、水月はそれが不可解だった。  明日香の葬儀に出た翌日。  悲しみ収まらない水月が帰宅すると、水月宛の郵便物が届いていた。差出人はなんと工藤明日香だった。  郵便の種類は日にち指定郵便。つまり明日香は、自分が自殺する前にこの郵便を水月あてに出したのだ。  震える手で郵便を開けると、明日香の字でこのように書かれてあった。 「水月の父親は異常者。水月も殺される」と。そして古びた鍵が入っていた。  震えが収まらないまま、水月は家の中に入る。  何がいったいおこっているのだろうか。このまま警察に電話をしたほうが良いのか? でも何を証拠に?  今の時間は18時。今日は父の帰宅は20時と言っていた。  水月が何かを調べるとすれば、まだ時間はある。しかしこの古びた鍵はどこの鍵なのだろうか。  試しに父の部屋の鍵穴に差し込んでみるが、そもそも鍵の形状が合わない。  もっと古いものなどがあっただろうか……父が使っていたところで、古いもの。おそらく水月が入っていないところ。  ……地下室?  地下室の鍵穴に鍵を差し込んで回してみる。  ギギッときしむ音がして、扉が開き、階段が現れる。 (この中に何があるのだろうか……)  水月は唾を呑み込み、恐怖を抱きつつ、地下に降りて行った。  地下室は神聖な祈りの場にそぐわない、大画面のテレビモニターがある、部屋だった。  パソコンが接続してあるため、水月はパソコンを起動させる。  映像というフォルダがあり、そこを開けると、工藤明日香の名前があった。その他にも水月が知っている新興宗教の女子達の名前があった。  嫌な予感がしてくる。もう指先自体が震えて来た。  震えながら、それでも明日香が残してくれた鍵なのだから、明日香の遺志を無駄にしてはいけないと思い、明日香の名前のフォルダを開ける。  中に入っているのは映像だった。  ……それは父が、工藤明日香を支配し、飼育している映像だった。    見ながら愕然と、水月はひざを付く。おぞましさと涙が出てきて止まらない。吐き気がしてきたが吐しゃ物が部屋に残るとまずいため、口元を必死に抑える。  父は、子どもたちを捕食するため、新興宗教の支部長という立場を利用した。  そして子どもたちに近づくため、子ども食堂に援助を行った。  おそらくこれは水月が見ている範囲のことであり、未開封のフォルダには水月の知らない多くの犠牲者の映像が入っているだろう。    水月にはとてもそれを見ている心理的余裕などなかった。まだ父が帰ってくるまで時間があるはず。パソコンを消し、いそいで地下室から抜け出す。  地下室から出て、鍵を掛ける。これで水月が入ったことは分からないはずだ。  ため息をついて水月が立ち上がった時。背後から声がした。 「見てしまったんだね。水月」
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