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第31話 決戦準備11
ここは引き続き4階のトレーニングルーム。
「これは……」芽衣は空手着とシャツを脱いだ藤原社長の腹部を見て、おどろきの声を上げた。
内出血と、おそらく複数の内臓が傷ついているのが、見ただけでも分かったからだ。
藤原社長の筋肉で引き締まった美しい肉体からして、その傷を与えた水月の拳の威力を考えると、芽衣も驚くしかなかった。
「これが水月の異能力だ。底力と言って良いだろうな。詳細は後で説明するがな」
そして普通なら苦痛に顔をゆがめてもおかしくないのに、平然としているばかりか、藤原社長は笑みを浮かべていた。
藤原社長の表情を見て、つくづく私は強い人達に囲まれているんだなあと、芽衣は改めてしみじみと思うのだった。
藤原社長の傷への再生掌の治療がちょうど終わり、シャツと空手着を再び着た時。
ボロボロのダメージを追っていたため、先に再生掌で治療をし、完治して寝ている水月が目を覚ました。
「……藤原社長。先ほどは……本当に、ありがとうございました」水月が言い終わると同時にドバッと鼻血が出た。まだ完全に鼻の骨折が治っていなかったらしい。
慌てて芽衣が治療を再開する。
「素晴らしかったぞ水月。まだ22時だ。千歳と真示も呼んで、水月の異能力の解説をする」
5分ほどで千歳と真示も4階のトレーニングルームに集まった。
千歳と真示も陰陽流空手を学んでいるため、礼をして入る。
「足は崩して座っていいぞ」藤原社長が指示した。足を崩す。つまり正座でなくてあぐらで良いという事だ。
一旦正座をしてから礼をして、それからあぐらにし、5人が丸く座った。
「水月の異能力が分かった。夜なので手短に説明する。水月の異能力は攻撃型でありカウンター型だ。簡単に説明すると水月は受けたダメージや苦痛を、丹田に集めて、それをエネルギーとし、戦闘力に変換できる」
その場にいる水月と藤原社長以外からどよめきが上がる。
「ものすごく攻撃的な異能力ですね。戦闘力に変換できるというのは、例えばどんな風になるんですか?」真示が尋ねた。
「戦闘に関する思考力。集中力。回復力。そして何より攻撃力だな。これは水月自身も覚えがあるんじゃないか?」
そう言われて水月は思い出した。ヤクザと戦った時も、藤原社長と2度戦った時も、なぜか集中力が増し、そして相手を出し抜く戦術が思いついたのだ。
ヤクザの足を踏みつけて折ったり、藤原社長に胃液の目つぶしをしようとしたり、そして先ほどは蹴りを2段階でフェイントに使ったことを思い出した。
あれが戦闘に関する思考力だったのか……水月としては納得するしかなかった。
「覚えがあります……。丹田に力が集まって、回転するようになるんです。ダメージや痛みを受けるほどそれが増えて、それが力になるんです。なんとなく感じていたんですが、藤原社長の説明を聞いて納得しました」
「こういう異能力が身に付いた理由について、覚えはあるか?」藤原社長が尋ねた。
「……私が蘇生してリターナーになったのは、御堂宗一に殺された悲しみと復讐心が原因だったと思います。友人と母も殺された恨みもありますね。だからこそ……恨みを返して復讐したい。恨みを返して悲しみから解放されたい。そういう思いがこの異能力になったんだと思います」
「多分ね。しつこくて執念深くて根に持つ人間なんですよ。私って」水月は爽やかに微笑んだ。
その場にいる真示以外全員が笑った。
(ここ笑うところなの?)真示だけは真顔だった。
「決戦前に、水月の異能力の把握が出来て良かった。これで全力で闘えるね」芽衣が笑顔で言った。
「だが弱点もある」藤原社長が厳粛な声で話を始めた。
「この異能力だが、水月がダメージを追い過ぎて気絶してしまっては、当然使用出来ない。また水月自身の心が折れてしまい、戦闘が出来ない場合も使用できない。さっきの私との戦闘で、心が折れかけていたのを、芽衣の声援で持ち直しただろう?」
確かにそうだった。そして藤原社長も声をかけてくれた。
あれがなかったら。丹田に集まったエネルギーの回転も止まっていただろう。
「確かにそうでした……。それが弱点ですね」
「弱点ということを、自分で自覚していれば良い。勝てない相手と無理に戦う必要は無いし、戦闘から逃げる決断が必要な時もある」
「……分かりました。温かいお言葉、ありがとうございます」
「あの」千歳が口を開いた。
「水月さんのその異能力は、何という名前にするんですか?」
「そうだな。名前が異能力と合う事で、より力が引き出せる例も過去にあった。水月、これは水月自身で合う名前を考える様に」
「藤原社長、実は……もう頭に有ったんです。言ってよいですか?」
「準備が良いな。良いぞ」
「早いな!」真示が驚いた。
「因果応報って言葉がありますよね。悪いことをすればそれが返ってくるって。私の『異能力』は相手から受けたダメージを、因果応報の様に相手に返す能力」
「だから『因果拳』にしたいと思います。変でしょうか?」
「おー! ちょうど私の『再生掌』と対になってるね。格好良いと思う」
「仏教的なカルマのイメージもあるな。攻撃的なイメージも合っている」
「不思議ですね。水月さんのイメージにピッタリだと思います」
「発音しやすくて、覚えやすい。センスあると思うぜ」
満場一致で皆が賛成してくれたことが、喜んでくれたことが、水月にとっても嬉しかった。
場所は変わり、ここは大阪市の高級住宅街。
いわゆるタワマンが乱立している住宅地であり、通行している車も高級車以外にない。
そこの一室に、真示を怒らせた、黒須霧人の部屋があった。
大阪市内の夜景を楽しめる、タワマン。
しかし、黒須霧人の楽しみは別のところにあった。
3LDKの部屋だが、黒須は1つの部屋を、女性を監禁するための部屋として改造した。
1人の女性がベッドの上に寝かされている。体はロープで縛られており、両腕と両足に手錠をかけられて、身動きがとれない。服は脱がされ全裸にされている。
女性が、黒須の顔を見て、ひきつった恐怖の声を上げた。
神聖千年王国の大学生で、黒須の主催している「性加害学習サークル」に来てしまった女性である。黒髪で真面目そうな顔が恐怖に震えている。
小柄な体格に、めり込んでいるロープや、手錠の跡が痛々しかった。
「許して……もう……止めて……」
「止めるって何をさ」
「私のあの体験を……あの地獄の様な事を思い出させないで……何でも……何でもするから」
「あいにくだが、僕は金にも不自由していないし、欲しいものが特にある訳でもない」
冷酷なオッドアイで、女性を見つめたあと、黒須はワインとチーズを用意して、ベッドの傍のテーブルに座った。
「さて、毎晩聞いているが、今夜も聞かせてもらおうか。君が最もトラウマに感じて苦しんだ性被害の話をね。もちろんその時の苦痛も一緒に体験してもらおう」
「いや……! いや……! やめて……! もうこれ以上受けたら死んでしまう!」
「それが楽しいからやるんだろう? さて始めようか。『再演』」
黒須の言葉が唱えられると、強制的に女性の視界や記憶は過去の忌まわしい性被害が起こる直前に飛ばされた。これから何をされるのか分かっているだけに恐怖で体が硬直して動けない。
しばらくしてタワマンの一室に女性の悲痛な絶叫が響いた。しかしこの部屋は防音も加工してあるために、誰にも気付かれることはなかった。
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