第5話 始まりの終わり

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第5話 始まりの終わり

 いつまでも父の遺体を回転させていても意味がないので、水月はシーリングファンを止めて、遺体を下した。  カレンダーを見てみると、明日は日曜日だ。日曜日には宗教施設に信者が集まり、支部長である父が神託を行う行事を毎週行っていた。  今の時間は18時。日時は11月2日だ。  事情がどうであれ、父を殺したのは事実だった。  しかし水月は、大人しく警察に自首して、少年院に入る考えは全くなかった。  水月は思う。まして私を一度殺した父だ。因果応報だと考えて何が悪い。私だけじゃない。母さんも、明日香も。  どうも蘇生してからというもの、今まで抑えられてきたのか、感情が自由に出てくるように感じる。  しかし明日になれば、信者が宗教施設に来るのはもう決まってることなので、もうあまり時間はない。  水月は、家を出る準備を再開する。  リュックやスポーツバックに、常備薬や化粧品、下着や衣服を入れ、家の中の現金をかき集める。  父のキーケースについている鍵で金庫を開け、現金50万円と、その他キャッシュカードやクレジットカードを集めて袋や財布にしまう。  カード類は使うと足がついてしまう可能性があるが、無いよりはましだろうと水月は考えた。  そうこうしている内に、20時になった。水月は父の遺体をベッドのシーツでくるむと、水月が脱出した地中をスコップで堀り、その中に入れた。  夜中にスコップで女子高生が庭に穴を掘っているのだから、誰かが見たら異様に見えただろうが、とりあえず近所の人間は気づかなかった様で、水月はほっとした。  それにしても土を掘るというのは、結構重労働と聞いていたが、思いの外軽快にスコップを振るう事が出来たことに驚いた。  土を被せた跡を足で踏みつけて地面を固くして、その上に大型の鉢植えを持ってきて、フタをするようにした。  父が、万が一水月と同じように息を吹き返しても、出させないためだ。  これで出ていくための準備が出来たと思った水月は、ひとつ大事なものを忘れていたことに気づいた。  先月の10月23日は水月の誕生日であり、明日香は熊のぬいぐるみを水月にプレゼントしてくれていたのだ。  自分も大変だったかもしれないのに、最後の最後まで味方でいてくれた明日香のことを考えると、また涙がにじんできた。ぬいぐるみをリュックに詰めて、家を出る。  水月には何の後悔も無い。家を出て自転車で移動し、途中で乗り捨てると、バス停から博多駅に向かう。  とにかく遠くに行かなくては。博多駅は明るく、きらびやかに見えた。  博多駅から小倉駅に電車で移動し、大阪行きの夜行バスに乗り込む。  土曜日の夜という事もあり、家族連れや、夫婦、恋人と思われるペアなども含めて、雑多な人たちが乗っていた。    水月は、大阪に行ったからと言って、頼れる親戚や友人、あてに出来る人間や団体がある訳ではなかった。  とにかくこのまま博多区に留まっていては、いずれ警察に捕まって逮捕されてしまう。いつまでも隠し通せるほど警察も甘くはないだろうし、近所の家は父が勧誘した信者ばかりだ。  その信者が、水月の味方をしてくれるとはとても思えなかった。新興宗教団体にしても支部長が殺されているのだ。警察に協力するのは当然だろう。  夜行バスが発進する。  時刻は23時になり、バスの中の乗客たちは寝始めている。  水月は寝る気も起きずに、窓際にひじをついて、頬杖をしていた。 (ずっと死にたかったのに死ねないで、こんなことになるって皮肉よね)と自嘲気味に考えていたが、(今は生きていることに専念しよう。これからのことを考えないと)と思考を切り替えた。  大阪についたら、せめて何か美味しいものでも食べようと考える。水月はここまで考えて、自分が父に殺されて蘇生してから、水も飲んでいないことに気が付いた。  「汝が飢えている時ほど、食べ物を他者にあげなさい」という新興宗教の教えが頭をよぎったが、かき消した。  (もう新興宗教の教えは、全部捨てる。あれは上位の者が、下位の者を支配するための教えなんだ。神という便利なものを使って。ずいぶん……無駄なことばかり学んできたなあ……)  (それで利用されるのは、困っている人たち。優しい人たち。他人を信じることを疑わない人たち。母さんや明日香が悪かったんじゃない。騙す方が悪いに決まってる)  また涙が滲んできた。水月はリュックから明日香のプレゼントしてくれた熊のぬいぐるみを出すと、それを抱きしめた。(この子にもいずれきちんと名前をつけてあげないとね)  眠気は訪れなかったので、水月はスマホで検索しながら、大阪に着いたらどうするかを考えた。  とにかく泊まる場所を確保しよう。ネカフェは未成年だから泊まることが出来ないので、何日間は安いホテルに泊まるしかないが、旅館やビジネスホテルだと親の同意書が必要になるのでこれも難しいだろう。一般の賃貸借契約は未成年のみの契約は不可能だ。となるとチェックの甘いラブホか何かにとりあえず泊まるしかないだろう。  その上でどうするのか。どこかで住み込みの出来るようなところで働かせてもらうことなど出来るのだろうか。しかし、16歳の自分を雇ってくれるようなところなどあるのだろうか。  それも、警察の追跡がここまでこないのが前提だ。父親の遺体は隠して来たが、警察だって無能ではないから気づく可能性も高い。  (父親を殺してないにしても。同じような理由で家に帰れない女子もきっと多いんだろうな……)と水月は考えた。  嫌な未来像だけが、思いついていく。  どう考えても明るい未来像が思いつかないので、水月は考えるのを辞めた。 (少し寝よ……)目を閉じて眠りにつく。柔らかいぬいぐるみだけがせめてもの救いだった。  大阪に着いたが、現実は厳しかった。  朝から仕事を探してみたものの、現実的に学歴が中卒で、緊急連絡先もいない水月は、まともに相手にされなかった。  それでも20件くらい当たっただろうか。バイトもやったことがない水月とは言え、ここまで断られると、精神的に堪えて来た。  やむを得ず、時間も夜になってきたので、今日はラブホに泊まることした。  水月がいまいるところは、ホテルや飲食店が密集する大阪・キタの兎我野・太融寺エリアである。  歓楽街の中にラブホは密集しており、正直言ってあまり通りたくはない。通ろうとするとやたら女性が立っているのが目についた。年齢も20歳くらいの女性から30歳以上などだ。  新興宗教の家で生活していた水月は、ある意味で世間に慣れていないこともあり、彼女たちがなぜ立っているのかが良く分からなかった。  彼女たちに並んで、スマホで安いラブホを検索していると、水月に男が近づいてきた。水月もそれに気が付く。  外見はスポーツマンと言えるような均整の取れた体格で、短髪の20代後半の男性だった。不細工な顔をしている訳ではない。  男はにっこりと笑うと、水月の腕を取り、耳元で囁いた。  「君可愛いね~。1万円でどうや?」と。
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