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告白
十二月二十四日、クリスマス・イブのドーム球場――興奮冷めやらぬ観客席のあちらこちらから、ソエネの登場を待ちわびる声が聞こえてくる。
今年最後のプレミアム・コンサートは、大盛況のうちにフィナーレを迎えつつある。トリを務めるのはソエネ、ただし歌うのは一曲だけだ。
事前告知では体調不良を理由にしていたが、実際は男の死亡によるものである。
その頃、姉の控室では――
「本当にいいのかね。今まで築き上げてきたものが全て無になるよ」
「かまいません。アタシ達二人で決めたことです」
――延々と所属事務所の社長と姉が、差し向かいで話し合っていた。
やがて根負けした社長は大きく息を吐き、姉と女を交互に見た。
「いいだろう、行きなさい。それが彼の望みなのだとしたら、我々に止める権利はない。ただし、責任はとってもらうよ。それがプロというものだ」
「承知しました。ありがとうございます」
社長の斜向かいに座っていた女は、姉とともに深く頭を下げた。
「その――今までありがとう。我々も良い夢を見させてもらった。うちみたいな小さい会社がここまで来れたのも君達のおかげだよ」
社長は、赤と白を基調として着飾った二人を、目を細めて見送る。
女と姉は、控室を出る前にもう一度深く頭を下げ、静かにドアを閉めた。
ほどなくして、姉はステージに姿を現した。観客は、皆一斉に歓声を上げた。
「今日は皆さんにお伝えしたいことがあります」
マイクスタンドを前にして深く頭を下げる姉に、観客席からどよめきが起こった。
「先日、歌の作詞・作曲を手掛けていた男性が亡くなりました。彼は小さい頃からの幼馴染であり、また大事な友人でもあります」
観客席から声が消えた。姉は続ける。
「彼の遺言に従い、皆さんに妹を紹介します」
スポットライトが、舞台袖から姿を現した女を照らす。
「真のソエネは彼女です」
アコースティックギターを首に下げた姉に続き、マイクを持った女が頭を下げた。
「姉が言っていることは全て真実です。私は姉・ソエネの替え玉として、亡くなった彼とチームを組み、メジャーデビューを果たしたのです。本日は皆さんにそのことをお伝えするとともに、ソエネの引退を宣言するためにここへ来ました」
観客がざわめき始めた。
「嘘だろ」「何なんだよこれ」「騙されてたってか」「わけわかんねえよ」「声が同じだ」「やばいよこれ」「妹もかわいい」「ヤバス」「金返せ」「ワオーン」
「いいから歌ってくれ!」
誰かが叫んだ。
「歌ってください!」
別の誰かが叫んだ。
「わたしたち、ソエネの歌を聞きに山口から来たんです。姉でも妹でも、どっちもでもいいから、お願いします。あなたたちの歌を聞かせてください!」
高校生らしい少女の悲痛な叫びに、会場から「そうだそうだ!」と一斉に声が上がった。
「「「アンコール! アンコール! アンコール!」」」
それは大きなうねりとなり、祈りとなり、前代未聞の事態となって、会場全体を支配した。
「皆さん、こんな私達を許してくれるんですか?」
女の問いかけに、「うぉぉぉぉーっ!」と歓声が上がった。
姉がギターを抱えながら、ゆっくり頷く。
「わかりました。皆さんの気持ちにお応えして、新生ソエネが新曲を披露します。彼が遺した最後の曲、『ありがとう』。聞いて下さい」
姉がギターの弦を弾き、女が歌う。
バラードソングが、ゆったりと会場の空気に揺蕩う。
男が遺した歌は、女と姉と、そして観客全てを魅了するほどの完成度の高いものだった。
命を賭して、「聖光」と並ぶものを世に送り出してくれた男に、そして自分をきらびやかなステージへと後押ししてくれた初恋の人に、女は感謝し、歌いながら泣きたい気持ちになっていった。
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