ソエネ―SOENE

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ソエネ―SOENE

 とある高原の、野外ステージ裏に設置された共同控室――すでに出番を終えたアーティスト達が、壁掛けの大型ディスプレイに目を向けている。  画面にはプレミアム・コンサートのトリを務める、ソエネの姿があった。  彼女の持ち歌は三曲。メジャーデビューを果たす前から数えても、たった三曲だ。  それなのに――  彗星のごとくメジャーデビューし、瞬く間に業界トップへと駆け上がった天才シンガー――公式サイト上のPRだが――のライブをリアルタイムで鑑賞するため、それぞれの控室にいたはずのアーティスト達が、こうして集まっているのである。    ソエネがステージに立った、たったそれだけのことなのに、地鳴りのような振動が控室まで届き、長机に誰かが置いた紙コップがカタカタと音を立てた。  興奮の坩堝と化した高原は、町の喧騒とは別次元の、星が煌めく夜空とシンクロした異界へと変貌したようだ。  仮設観覧席も立見席も、また、入場できずに道路に溢れかえっている人達の群れも、全てが皆一様に狂喜し、パニック寸前の様相を見せている。   「Here we go!」  ソエネの掛け声とともに、ステージのあちらこちらから火柱が上がった。  曲のイントロは、先月リリースされたばかりのサード・シングルだ。  キレッキレのダンスパフォーマンスとノリがいい曲が相まって、観客は総立ちになった。  こうなるともう止まらない。止めようがない。  ペンライトを振る者、タオルを振り回す者、何度も腕を天に掲げる者――真夏のプレミアム・コンサート会場は熱気と興奮に満ち溢れ、熱中症で倒れる者が続出していたが、日が落ちた今もまた、立見席の片隅で気絶寸前の少女がいた。  ソエネは二曲目の歌い出しの前に、大海原を駆ける海賊王を模擬した衣装からスカートビキニの艶姿にチェンジした。アップテンポのラブソングに合わせたファンサービスだ。  会場から一斉にどよめきが起こる。主に男性からだった。彼女のルックスとスタイルに惚れ込んでいる男性も少なくない。  バックダンサーも筋肉質のメンズから、カラフルな衣装をまとったギャルズへとフルチェンジした。  ソエネはペットボトルに口をつけ、それから残りの水を頭からかけた。水が滴る髪を掻き上げ、再びマイクを手に取る。 「みんなー、愛してるよーっ!」  派手なマニキュアが目立つ人差し指を向ける彼女に、「うぉぉぉぉぉーっ!」と観客が応えた。  灼熱の夜はもうすぐ幕が下りるというのに、稀代のパフォーマーはもう少しだけ浮世の夢を見せてくれるらしい。
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