1.闇堕ちしたアレな元夫

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1.闇堕ちしたアレな元夫

「すまなかったーッ!」  顔を合わせるや否や元夫がジャンピング土下座をしてきたので、私は「うざっ」と思って顔を(しか)めた。 「もしや謝罪しに来たんですか?」  元夫はこくこくこくと真剣な表情で(うなず)いた。 「私が悪かったんだ! なんだか変な悪夢に取り憑かれていたかのような気分だ。あんな女と結婚するために君と離婚するなんて!」 『あんな女』というのはマリネットさんという方。もとは男爵令嬢ふわふわピンクブロンドのお胸の大きな女性。元夫の3番目の浮気相手さん。あ、3番目というのは正確ではない。一夜限りとか短い交際とかは日常的にあったと思うから。そういう短いのを除いて、マリネットさんは私との結婚期間中に長期間で交際していた彼女として3番目の方。  浮気は婚約中からなので、まあ元夫はけっこう奔放(ほんぽう)な人なんじゃないかと思うけど、マリネットさんへの(元)夫の傾倒ぶりは半端なかった。  本当、道端に落ちていた饅頭(まんじゅう)でも食べて頭がおかしくなったんじゃないかと思ったくらい。  もともと浮気中は何かと『視察』だの『慰問』だのが増える夫だったけれど、マリネットさんと付き合いだして本当に何の名目もない『旅行』という直球の項目ができた。  私もさすがに「りょ、旅行!?」と秘書役に聞き返したほどだ。思わず詳細を聞きたくなったけれど、すぐに思いとどまった。聞いても良いことなどないことに気が付いたからだ。  それから浮気中は何かと服や香の好みが変わる夫だったけれど、マリネットさんと付き合いだして見た目が露骨(ろこつ)に変わった。(元)夫は侯爵の地位を持ちそれなりに社会的地位のある人で、短めの金髪さわやか系だったのに、だんだん髪を伸ばしはじめ、やがて真っ黒に染めてウェービーに肩下まで垂らしだしたときには驚いた。  さらにはダークカラーのアイメイクに、ダークカラーのコートにウエストコート。「魔王様ですか?」と聞きたくなるような悪魔系ファッションを(まと)いはじめ、王宮中の貴族たちに「闇落ちした」と噂された。  あとで聞くと、マリネットさんは『悪魔に(さら)われる天使』的ポジションを夢見ていたらしく、(元)夫にその悪魔役をお願いしていたとのこと。  そんなお願い、普通聞くか?  あとは夜会やお茶会への私の出欠予定をしつこく聞いてくるようになった。マリネットさんが絶対に私と鉢合わせしたくなかったそうだ。  こちらも鉢合わせしたくなかったけど。  さて、そんなこんなで。  政略結婚が多いので、多少の浮気は双方共に目を(つむ)る風習があるけれど、こちらのマリネットさんは『結婚』という形を強く希望したので、まあ、私は潔く身を引いて実家に帰ることにした。  夫の浮気とか、本当にうんざりしていたので。 というか魔王の恰好(かっこう)をした夫が「君も浮気したらいいじゃないか」とか笑いながら言う状況を、ちょっと私は理解したくなかったので。  実際、早めに身を引いて正解だった。  このマリネットさんと言う方、あちこちで私を悪女に仕立て上げようとしていたみたいで、出るわ出るわ、私への悪口と捏造(ねつぞう)エピソード!  離婚してから、私の友達がほっとしたように教えてくれたのだ。  私がどこぞの観劇会場でマリネットさんを突き飛ばしただの、どこぞのお茶会でマリネットさんにお茶をぶっかけただの、どこぞの夜会でマリネットさんに暴言を吐いて泣かせただの。  友達は「そんな場面、誰も見たことないでしょ? 本当だとは思えなかったわ。でも巻き込まれるのも嫌だったの。そんなの言う方って()()じゃない? あなたに言うのもなんだか私の人間性が問われる気がして」と頭を下げた。  確かにマリネットさんって()()だと思う。巻き込まれたくないからほっとこうと思う気持ちは痛いほど分かる。  しかし、私が実兄と近親相姦しているとの噂を立てられそうになっていたと聞いたときは、気持ち悪すぎて鳥肌が立った。  噂を立てるにしても、品位ってものがあるでしょう!? ちょっと度が過ぎない!?  でも設定に無理があり過ぎて、この噂は幸いあまり浸透しなかったみたい。まあ、『生き別れの兄と』っていう設定だったらしいですが、うち、生き別れた兄弟はいませんから。  というか、『生き別れの兄と』たまたま『仮面舞踏会』で出会い、『最愛の妹よ、結婚しただと? そんなの認められない』『まあ、お兄様!』というシチュエーションだったらしいから……。これは信じる方もちょっと……。  もしかしたら「マリネットさんご自身にそんな願望がおありなのでは?」って感じ。だって、マリネットさん、ちょっとアブノーマル寄りの方みたいだし……。  あ、いやいや、マリネットさんの願望はどうでもよかった。  話を戻すと。  離婚して正解の夫がわざわざ私の実家まで謝罪に来たというのは、何かあったのかしら。
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