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❃第一章❃ 真夜中の花嫁道中
むかしむかし、あるところに奇跡のように美しい赤子がおりました。
その美しさは神さまさえ嫉妬するほどで、赤子を守るため夫婦は知恵をだしあいました。そうして思いついたのが『影の子』です。
我が子の苦しみは、すべて『影の子』に。
我が子がこうむる不幸も、すべて『影の子』に。
赤子は大病も大怪我もせずすくすく育ち、
『影の子』もまた、自らの役目を果たしながら年を重ねてゆきました。
そしてふたりが十七歳と十六歳になったある日のこと。
姉妹のもとに、ある縁談が舞いこみました……
「真夜中に?」
影依は驚いて聞きかえしました。
通常、黄昏時から夜中にかけておこなわれるという花嫁道中。それを、相手方は夜中──子の刻からはじめたいと云うのです。
「それがあちらからの指定です。村の入り口からでいいとおっしゃっていますので、夜が明けるまえに終わるでしょう。なにか問題がありますか?」
「……いいえ」
影依は首を横に振りました。「すべて、おかあさまの云うとおりに」
本来なら長女である光瑠おねえさまから嫁づくはずが、身上調査の末に順番が入れかわることとなったのです。
相手は海辺の村に住む大地主。
秋峯想日という青年に家族はなく、舅も姑も不在の夫婦生活に初めはおねえさまも気楽でよさそうだと考えていたものの、彼のある噂を知って恐れをなしたようです。
あなたが行ってよ、影依ちゃん、と甘えるように云われたその日のうちにおかあさまがこうして影依の離れへとやってきて、あなたは来月から秋峯家の一員です、と告げられたのでした。
影依がひとりで棲んでいる離れは座敷牢によく似ています。窓は手の届かない位置にひとつきり。格子戸は外からしか開けることができません。
壁には難しい字でなにか書かれたお札が貼られており、あれはなんですか、といつだかおねえさまに尋ねたら『禍を封じこめているそうよ』との答えでした。
ここに玻璃燈が持ちこまれるのは『御祓い事』のときのみです。昼でも薄暗いこの部屋で影依は十六年過ごしてきました。
世の中の常識についてはおねえさまが格子越しに教えてくれるけれど、それは自分とは無縁のこと。
このままずっと自分はおねえさまの影として生きるのだろうと考えていたので、来月からべつの家で暮らしなさいと云われても実感は沸きませんでした。
ですが、妹が忌まわしい噂のある男に嫁げば姉は素晴らしい相手と婚姻を結ぶことができるでしょう。
姉に降りかかる災禍をすべて引きうけること。それが影依の生まれた理由です。
影依はにっこり微笑んで云いました。
「秋峯さまのおうちへ嫁かせていただきたいと思います」
おかあさまは影依を穢らわしいものを見る目でじろりと見ると、なにも云わずに離れからでていきました。
格子の向こう側でのことでした。
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