第1回

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第1回

「さぁ、この状況、今世紀最大の大ピンチと言ってもかぁごんではない! 我ら三浦放送局。弱小ローカルと言ってもここまで来たか、動画配信者の下請けのような仕事にまで手を出す始末。テレビ全盛期時代を経験してきた活気ある方やそれを放送してきた先輩方に果たしてこれは顔向けできることなのかぁ!? 腐っても芸能界の一部、三浦放送局。隅っこでも芸能界の一員、古谷敏夫(ふるやとしお)。この状況覆すことが、果たして、んでぇきぃるぅのかぁ!!」 車の激しい揺れにも負けずに、古谷は声を出し続ける。何でもかんでも矢継ぎ早に口を開き、状況を説明する能力はテレビ業界で生きていく為に培ってきた古谷の特技であり、癖である。この場合、この能力は悪癖となって現れ……。 「ぁぁ、また始まった……」 「耐えろ耐えろ、確かこのガタガタ道越えて、5分くらいすれば目的地だから」 助手席で嘆く柏木玲奈(かしわぎれいな)と、ひたすらに耐えて運転する堂島道雄(どうじまみちお)は、これまでの付き合いで古谷がこうなると手がつけられないことはわかっていた。 「目的地に着いたら着いたで撮影するんだから、またこのトークを聞かなきゃいけないでしょ? 耳がおかしくなりそうよ」 「君は今両耳塞げるからいいよ。僕なんて運転中なんだよ?」 「あのね、撮影中はワタシ、カメラ持つんだけど?耳塞いでる余裕ないんだけどぉ〜??」 「えっと……僕も一応マイク持ったりするんスけど……」 「ごちゃごちゃうるさいねぇキミたちぃ。よくもまぁそんなに喋る元気があるよ。若いからかぁ?」 どの口が……と古谷に対し突っかかりたい気力を一瞬だけ持ち合わせた2人だが、無駄な体力を削るだけだと判断した。その思考と決断に有した時間約0.4秒。これまたTV業界で生き残る為に身につけた能力である。が、この選択、大した効力にならなかった。古谷が続け様に口を開ける。 「2人で盛り上がっちゃって、そんなにこれから会う奴らは凄いの?」 「古谷さん、あの、配信者さんのこと、ちゃんと予習して下さいとお伝えしましたよね?今人気なんですよ」 「したよ予習なら、ヤサガシとか言う奴でしょ」 「ヤサカニですよ。ヤサカニTV! 家探ししてる人が人気ってなんですかもぅ! 本当に勉強なさったんですよね」 「だからしたって。八尺瓊なんてけったいな名前つけやがって、出会ったら勾玉の一つくらい貰えんだろうねぇ?」 「さぁ、それは知りませんけど」 「どうせ適当につけた名前なんだよ。きっとさ、石上神宮に行ったこともないんだろ?」 「さぁ、それも知りませんけど」 「いいや、行ってないね。一覧を確認したけどそんな動画見てないもの。あの手の輩だったら絶対そういうところに行ったら動画にするよ」 「あ、動画自体はちゃんと見たんだ」 「まぁ、し、ご、と、だし! し、か、た、なく! ……見たよ」 「なら名前もちゃんと覚えましょうよ。いつもなら相手の名前間違えるなんてことしないじゃないですか」 柏木が言うようにいつもの古谷は仕事に対して真剣だ。昔気質の真面目な人間であり、それのせいで毛嫌いされることも時にあるが、リスペクトするべきところだとも思っている。ただ、先程から褒められた態度をとっておらず。いつもなら仕事前でもしっかり結んでいるネクタイを緩めている。バックミラー越しに子供のように拗ねている古谷の顔が映る。そんな古谷に向けて堂島が切り出す。 「じゃあアレなんてご覧になったんじゃないですか? 痴漢捕まえた奴! やってることも立派で再生数もあったじゃないですか」 「あぁ! ワタシも見た見た。凄いよね。痴漢捕まえるなんて滅多にできることじゃないのに」 「……あれね」 「おお、古谷さんもご覧になったんですね。どうでした」 古谷は少し頭を掻いて「あんまり言いたくないけど」とボヤきながら言葉を続けた。 「痴漢を捕まえたのは立派だな」 「ですよね!」 「ただなんでそれを最初から撮影してたんだ?」 「え」 「捕まえたことは認めてやる。だがなんでその動画をUPしたんだろうってね」 「そ、そりゃ映像が証拠になりますし、間違いなくやってることは正しいですし」 「古谷さん、まさかこれにまでイチャモンつけるんですか?」 「証拠になるのは確かだろう。だが、なんで世にばら撒く必要まである?」 「注意喚起になるじゃないですか」 「じゃあなんで動画の最後で俺たち正義は必ず勝つだの、世の中は俺たちを見習えだの、もっと俺たちの動画を見てみんな学べだのって、大きな声で言ってたんだ?これも注意喚起か?」 「……」 「そもそもあの動画は視聴者に向けての挨拶から始まってたよね?証拠だけなら事件が起こってるシーンだけでいいし、世に出さず駅の係や警察に見せるだけでいいし、なにより収益化も外すだろ。なのにあいつらはそれをしてないじゃないか」 「古谷さん、なんとなく仰りたいことは分かりますけど、それは彼らの自由じゃないですか」 「それに僕らがそんな説教できる立場じゃないですよ。僕らだって、撮影でお金稼いでるんだから……」 堂島の言葉を聞いて、古谷は長い沈黙の後に「そうだな」とため息をする様に言った 「ま、まぁ! 一旦気持ち切り替えましょ! もう着きますから、ね!」 柏木の言葉で堂島は頷き、古谷は緩めていたネクタイを締めた。
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