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濃紺の空にくらげのような満月が浮かぶ、月明かりの美しい夜。物思いに耽るように一人季節外れの海辺を散歩していると、ふと波打ち際に、綺麗な硝子の小瓶が落ちているのを見付けた。
「……何だこれ」
近付いてみると、仄かな光を受けて煌めく繊細な装飾の小瓶の中には、波に合わせて動く白い球体が一粒転がっていた。
真珠のようにも見えるそれを良く見てみようと、冷たい海水に濡れた瓶を拾い上げ、固く閉ざされた蓋を開ける。すると、一定のリズムを繰り返す波音に紛れるように、けれどはっきりと綺麗な『歌声』が聴こえてきた。
「な……っ!?」
驚き辺りを見回すけれど、閑散とした浜辺に人の気配はない。そして歌は、この手の中の小瓶から響いているように感じられた。音を受けてか、或いは真珠自身が歌っているのか、硝子の中で小さく真珠が揺れているのが見える。
「……歌っている、のか?」
確認してみても、透明な瓶にオルゴールのような仕掛けはない。『貝殻に耳を当てると波音が聴こえる』というのなら聞いたことがある。けれども、瓶から歌なんて。
何とも不思議な現実味のない光景に動揺しながらも、つい聴き入ってしまう心地好いメロディー。どこの言語でもないような、歌詞とも言えない掴み所のない響きを纏う歌声に、僕はしばらく動けずにいた。
「……」
やがて歌が止み、一人きりの浜辺には静寂と波音だけが残った。ころりと小瓶から取り出した真珠は、もう何も語らない。
夢か幻か、いっそ魔法のような一瞬の出来事。僕は確かに、その歌声に心を動かされた。
「……曲を、書きたい……今の歌のように、心揺さぶられる曲を……!」
スランプを抱え、締め切りに追われ、愛していたはずの音楽がひたすら苦しくなって、静寂を求め夜の海に赴くほど思い詰めていたあの日。作曲家として行き詰まっていた僕の背を押してくれた、不思議な音色。
あの夜、また僕は『音楽』に恋をした。
今でも窓辺に飾ってある、真珠入りの美しい硝子の小瓶。海から流れ着いたあれはもしかすると、言葉を知らぬ人魚姫からの、音楽を愛する者に向けた『歌のボトルメール』だったのかも知れない。
そんならしくもない想像をしながら、たとえ海の底でも孤独な夜でも、その暗闇を照らす月明かりのように、いつか誰かの心に僕の曲が届くようにと。
僕は今日も遠い波音を聴きながら、最愛の音楽を紡ぐのだった。
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