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・宝箱にしまいこんで
「別れよう」
半年付き合った祥くんに別れを告げられたのは私の会社近くのカフェ。
日常に潜むドラマチックな瞬間に、隣のOL二人が耳立てているのを感じる。
「わかった。今までありがとう」
にこ、と笑顔を作って見せると祥くんは顔をしかめた。最後は笑ってお別れできれば、と思ったけど。どうやら私はまた間違えてしまったみたいだ。
「美生って俺のこと、本当に好きだった?」
「うん」
すぐに頷くけれど彼の表情は変わらない。慌てて「だから付き合っていたんだよ」と付け加えてみるけどため息をつかれた。
「浮気、怒らないのか」
祥くんの質問に、なんと答えるべきか。
(つまり浮気に怒った方が良かったってわけだ)
(女々しい男だよねぇ、ミウの気が引きたくてやったんじゃない?)
(最低だな。別れて正解だ。この男とはこれ以上関わるな美生)
私の頭の中で、ふわちゃんとロボロボが悪態をつく。私も二人の意見には概ね賛成だ。
「うん」
私の短い返事にさらに眉間の皺が深くなり、はあとわかりやすくため息をつく。
「もういいよ。美生にとって俺は必要じゃなかったてことがよくわかった。今までありがとう」
祥くんは伝票を持つと席を立った。
……まだサラダしか食べてないのに。まだ届いていないパスタはどうするんだろうか。そろそろ運ばれてくると思うんだけど。
目線を感じて見上げると、祥くんが私をじっと見ている。
(おい、あいつ待ってるぞ)
(話は終わったしもう帰ればいいのにねぇ。ミウどうすんの?)
(私、ジェノベーゼ食べたいんだ)
(あ、もしかして。お金、渡すの待ってるんじゃない?)
……ああ、そうだ、忘れてた。ふわちゃんの助言に、私は財布から二千円を取り出して祥くんに渡す。
「お会計ありがとう。お釣りはいらないから」
「……じゃなくて。出ないの、店」
「え? うん、料理まだ来てないから」
「はあ……そのマイペースいい加減にしろよ。今そういう空気じゃないだろ」
祥くんの怒ったときの低い声とピリピリと醸し出す空気が苦手だ。
(一緒に出たあとにまだ感動の別れのシーンするつもりだったんか?)
(祥くんって思い通りにいかないといつもこうやって不機嫌をまき散らすよねぇ)
「もう別れたんだから、この人が食べていこうが関係なくないすか?」
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