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「拓さんが上司だったら、どんなに仕事が楽しくできるんだろうって思っちゃいます。もし激務だとしても、やりがいを持って出来そうで」
「そう? ナナさんとは上司と部下の関係じゃ、物足りなくなりそうだな」
「へ?」
「はは、冗談だよ。気にしないで」
「おい拓、今進めてる企業買収の件、ちょっと話せるか?」
「はい、大丈夫ですよ。ナナさん、ごめんね。ちょっと移動する」
「はい、もちろんです。私も少し移動しますね」
そう言って立ちあがろうとした時、「あ、ナナさん、さっき渡した名刺貸して」と突然言われたので、差し出した。
裏面に何を記入してるんだろう?と思ったら、
「これ、LIMEのID、良かったら連絡ちょうだい。転職の相談も乗るよ」
「……ありがとうございます! 転職の相談、ぜひさせてください!」
そう言って、拓さんは席を移動していった。私もまた他のグループの席に移り、23時30分になるまで接客を続けた。
「転職の相談、ぜひさせてください!」なんて、その場では言ったけれど、それができないことは分かっている。
派遣ホステスの場合、お客様から頂いた名刺は全て、帰る前にお店に渡さなければならない。
私が拓さんと直接やりとりする術は無いのだ。
この時ばかりは、自分の真面目な性格を恨めしく思った。
拓さんに対してすっかり恋に落ちてしまったが、今日はお互いのある一面しか見せていない。
この気持ちは勘違いと思った方が幸せだな、とそっと蓋をした。拓さんとはもう2度と、会うこともないだろう。
***
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