6/8
前へ
/8ページ
次へ
 泣きたくなんかないのに涙しか出てこない。  玄関に靴のまま座り込む私に彼は優しく背中をさすってくれた。  酔っているせいか、普段は言わない言葉が口をついて出てしまう。 「引越し、一緒に着いてきてくださいの一言も言えないの。意気地なし」 「うん」 「こっちは結婚とか転職とか色々考えてぐるぐるしてるのに、同期と飲み会とか行って楽しんでるなんて」 「うん」 「今日はバーで知らない男の人に声掛けられて誘われたの。ムカつくから行けばよかった」 「......。」 「私が別れるって言ったらどうするつもりだったの。何にもしてくれないの」 「ううん」  途中から背中をさすってくれる手が止まっていた。座ったまま顔を合わせると、彼の表情がいつもとは違うように見える。 「ねぇ、まちこ。まちこは勘違いしているよ」
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加