歌と涙とインソムニア

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 パンを前籠に入れ、自転車を漕ぎながら空を見上げる。5時前の空は夜空の(あい)と朝陽の(だいだい)が混ざり合い、白く輝いていた。新緑はいつの間にか世界に馴染み、5月が終わった事を告げている。  裏門から校舎に入る。ここの鍵は宝が入学した時から壊れており、1年以上修理も鍵の交換もされていない。自転車を置き昇降口へは向かわず、校舎の東側の弓道場を目指す。登校してきた生徒と会わない静かな場所で、弓道部が使わなくなった畳が置いてあり、宝はそこに横になった。  天を(あお)ぎ移り行く空の景色を眺め、そっと目を閉じた。うつらうつらと意識を手放しかけたその時、話し声が聞こえてきた。こんな時間に誰だ。  話し声とは違う。独り言……歌声だ。  透明感の中に芯のある力強さを持った歌声は、酷く切なく美しい旋律を奏でていた。  ずっと聞いていたい。  しかし、()ぎかけの船は急には止まれず、聞き()れながら眠りについた。
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