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✳︎✳︎✳︎  記憶の映写機のような前奏がやっと終わり、二人同時に息を吸う。 「こんな下品な歌、もしまた歌ってみろ!」あの日の父の叫びが頭の片隅でリフレインする。だけどもう迷わない。勘当がなんだ。そんなもん、クソ喰らえだ。  分かったんだ。やっぱり俺には、音楽しかねぇ。 「地獄へと続く二本の道 重なる場所で生まれるは、希望の歌か絶望の歌か どちらだろうと関係ねぇ 喉を掻っ捌き、高らかに歌ってやるぜ!」  刹那、化学反応が起きた。音吹の声を稲妻とするなら、俺のは風雨。信じられないほどに馬の合う二つが合わさり、嵐のようなハーモニーとなって、観客席を無慈悲に蹂躙していく。 「やっば……キルスト、かっこよくね?」 「てか、この二人がやべぇ」 「俺なんか、ノってきたんだけど」  ただし巻き込まれた観客は幸せそうだ。俺たちが吹き荒らす破壊的な音楽が、彼らのキルストに対する嫌悪感を、今日この場に限ってはやっつけることに成功したらしい。 「絶望がなんだ そんなもん、悪魔(おれら)の舌にゃ大好物だぜ 絶望を越えて行け! 進め、進め、Xロード!!」  ライブの最中、とち狂ったように首を上下に揺らす観客たちを眺めながら、俺は考えていた。なんであんなに、音吹に対してムカついていたのか。  それだけじゃない。カラオケの時に感じたあの怒りの正体も。周りの奴らを馬鹿だ馬鹿だと蔑んだのも。  結局のところ、俺は羨ましかったんだ。  自分の好きな音楽を大っぴらに語ったり。ミュージシャンを目指していたり。自分の意志で行きたい大学に進学したり。  それらは全部、俺がやりたくてやれなかったことだった。  だから俺が本当にやりたかったことをやっている奴らを馬鹿にし、否定することで、今自分が歩まされている道が正しいと思い込みたかった。  馬鹿なのは俺の方だった。馬鹿だ、俺は。どうしようもなく。反吐が出るほど。
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