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好きだ
聞いたはずの短い言葉が、信じられなかった。意味はわかっても、拒もうとしてしまう。
新堂が俺を、すき?
「…嘘」
「こっち向け」
「やだっ…」
新堂の胸に額を押しつける。とても見せられない情けない顔をしていると思う。
すると、抱きついていた腕をはがして手首をつかまれた。ひぁっ、と変な悲鳴を上げてしまう。
「…やっぱ、裕貴の泣き顔はそそられるな」
唇の端を上げて笑う。
「ばかっ…」
強引ないつもの新堂だった。むかついて、だがほっとするのも確かでそれがくやしい。
「でも、そそられるのと同じくらい胸が締めつけられる。出会ったときから」
目尻にキスをされる。
「…嫌い」
嫌いだよ。
こんなときなのに余裕しゃくしゃくだから。
でも。
好きだ。
両極端の感情。新堂といるといつもそうだったと思い出す。揺さぶられる。
「新堂…俺だけのものになれ」
そして、それから。
「俺を、新堂だけのものにしろ」
k_kidsの松岡裕貴はみんなものだ。だが、そうではなく。ずっと、ひとりの人間の特別な存在になりたかった。たったひとりのための。広海が彼女を見つけたみたいに。以前の新堂にとっての涼のように。痛いくらいの切実さでもって。
「…仰せのままに」
裕貴の手の甲に唇をつける。はじめて会ったときと同じ。きれいな顔をしているから、また泣きたくなる。
「…戻らなきゃ」
今は休憩中で、ほんのすきまの時間だった。
「待ってる」
「え…」
夢かもしれないと思う。
「待ってるから」
「うん…」
新堂は指輪を外して裕貴の左の薬指にはめた。信じさせるみたいに。
ごつい指輪がまた、裕貴の元にもどってきた。まるではじめからそう決まっていたみたいに。
サイズはゆるゆるだったが、外すこともしまい込むことも思いつかなかった。
指輪をつけたまま撮影をしてしまったと気づいたのは、ずっと後になってからのこと。
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