いじわる

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いじわる

 新堂のマンションの、広い玄関。置いていった黄色い熊のぬいぐるみはまだ椅子に座っていた。その縫いつけたボタンの黒い瞳に見られるのがやけにはずかしかった。  夢ではなかった。本当に待っていた。ダークグリーンのアメ車。新堂はボンネットに軽く腰かけて、おつかれ、と言った。裕貴はただうなづいた。  たずねたいことや話したいことはたくさんあった。活動休止中なのに同じスタジオでなにをしていたのか。海外に行くというのは本当なのか。  裕貴とのことを、これからどうするつもりなのか。  だが聞けない。言葉は喉よりもっと奥で詰まる。だから車ではずっとそっぽを向いていた。顔が見られない。照れくさくてどきどきする。シフトレバーをにぎる手。ときどき裕貴を見る視線。なにもかもが今までと違う。 「ん…っ」  薄くて柔らかくて、裕貴の口の中より少し温度の低い新堂の舌。ギターを弾きながら、挑発的にちろとのぞかせる薄い肉色の。  自分の拙い舌とふれあうたび、体の奥が甘くとけて腰が抜けそうになるのを裕貴はかろうじてこらえている。  頬を包み、耳に触れる指。今まででいちばん長いキス。  立っていられない。キスだけで、こんな。 「…シャワー、あびたい…丸一日踊って撮影だった、から…スモークも焚いたし…」  体を清潔にしたいのは本当だったが、いちばんはその場から逃げるためだった。シャワールームにかけこむ。  置いて帰った服。新堂は到底使わない、縁にパンダが前足でぶら下がった丸っこいマグカップ。  とうに捨てたと思っていた。それなのに、ここを出たときのままになっていたなんて。  どうしよう、俺。  薄目を開いて一瞬見た、新堂の攻撃的で、そのくせ切羽詰まった表情。それでわかった。今までと同じようで、新堂もまた、全然違う。  心臓が口から飛び出そうだ。熱い湯を頭から浴びながら胸を押さえる。  黒い、もこもこした生地のウェア。フードにはうさぎの耳が付いている。尻が隠れる程度の丈で、手は指先しか出ない。これまで気にならなかった剥き出しの脚がやけに恥ずかしい。女の子じゃないのに。下手な誘いをかけているみたいだ。  近づきたいのに、近づけない。
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