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チャイムを押そうとしたら鼻先で扉が開いた。
「ほんとに来た」
新堂だ。髪をかき上げた。ラフなシャツとパンツ。
「…新堂が来いって言ったんじゃん」
「言った」
つい唇を尖らせた。新堂は、いらっしゃいませ、と言って裕貴の頭を手でつかむように撫で、そのまま引き込む。
「なにも持って来てないからな」
荷物はほとんどなかった。スマホに財布、クレジットカード、上着、そのくらいだ。身ひとつ。パリ土産も地図も、なにもない。
「いーよ。裕貴がいれば」
そんなふうにこともなげに言うから、たまらなくなって抱きつきそうになる。
会いたかった。
長身、風に吹かれる無造作な長めの髪。無精ひげ。グラサン。日本ほどには目立たない。だがやはり目立つ、とも思う。いつも少し、その場所からはみ出したようなたたずまいを新堂はしている。
裕貴はキャップをかぶって行き交う人をよけながら歩く。市街から離れたマーケット。日本人もそれなりに目につく。自意識過剰だとも思いつつも視線が気になってしまう。
上京してだいぶ経つが、ある程度人気が出てからは人混みなんて歩かなくなった。だから、慣れない。ましてやすれ違う人は皆、下手をすれば女性ですら裕貴より骨太で背が高い。巨躯のアフリカ系男性のバックパックにはね飛ばされそうになる。
「っ、こわっ…」
すると新堂が振り返って、裕貴の手を取った。
「え…」
裕貴より大きくて、骨ばった手に包み込まれる。
「みっ…人に見られるだろ」
「誰に?」
そう問われれば言葉に詰まる。
新堂と外を歩くなど、ましてや買い物をするなどはじめてだった。そんなことはできないと思っていた。あきらめるという以前に、想像してみたことすらなかった。
それなのに、今こうして外国の街並みを歩いている。
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