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鼻歌をうたいながら、大小の魚をぶつ切りにする。裕貴も手伝う。手際にかんして、新堂は気にしないらしかった。
「新堂燿司のはなうた、貴重」
wormとは音楽もルックスも真逆で、空にかかる虹の橋とか僕たちの夢がどうのという詞を歌う、白いTシャツにジーンズのフォークデュオがいる。その彼らのヒット曲を口ずさんでいるものだから笑ってしまう。
セキュリティはしっかりしているとは言え、至って普通のフラットだ。だだっ広い一間にキッチンからテーブル、ベッドまであるのは日本の一般的な家とは少し違うかもしれない。だが東京の新堂のマンションとくらべればはるかに地に足がついている。食器棚も洗濯乾燥機も、ある。
「新堂がこういうとこにいるの、変…」
「べつに、上京してすぐはワンルームのアパートとかに住んでたし」
部屋じゅうにトマトとにんにく、それに海鮮を煮込む香りがただよう。裕貴は楽な部屋着に着替えると窓を少し開けた。やはり外の空気も日本の夏とは違う匂いだ。中庭に面した窓から手を伸ばす。新堂の視線。
ソファも小ぶりで、だから肩も近い。裕貴はどきっとして、こっそり端に身を寄せる。体の奥には、まだ緊張があった。ロンドンに来たからではない。気持ちを確かめたあの日からずっと、だ。
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