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なぜか帰り道
通学路で小学生の時によく歌を歌ったなぁ。と、サキはなんとはなしに思いだした。
新婚の夫の為に夕食を作っている時だった。
新婚と言ってももうじき一年になる。
サキは妊娠6か月で会社を辞めたのだ。新婚旅行から帰って3か月後に最初の子供の妊娠が発覚した。
通勤電車が満員で、つわりの時期は各駅停車に乗り、一駅ごとにトイレに駆け込んでいた。
そんな辛い時期を乗り越えた頃、お腹が目立ち始めた頃に、会社の部長から
「○○さん達みたいに子供産んでも会社にいるわけじゃないよね。」
と言われたのだった。
まぁ、少し昔だったので、マタハラという言葉はなかったが今でいえばマタハラである。
サキのいた部署は本社が田舎の会社の東京の営業所で、事務の女性社員が4名いた。
そのうちの1人はもう大きなお子さんの子育て中。
もう一人はその頃にはなかなかに申請し辛かった産休を2度とり終えていたつわものだった。
もちろん、サキもその言い様には腹が立ったが、とはいえ上司がそう思っているのに会社に勤め続ける事は、サキには耐えがたいことだったので、あっさりと辞めてしまったのだ。
夫も、自分の稼ぎだけで何とかなるだろうと思っていたので、サキが仕事をやめる事には反対しなかった。
新婚当初住んでいたのは、新築のマンションだったので、入った人たちの付き合いも希薄だった。
サキはマンションのすぐ隣にあったスーパーに買い物に出るほかは家で過すことが多かった。
一人ぼっちの時間を過ごすことは本が好きなサキには苦ではなかったが、夕食の支度をする時にはあまりにも静かなので好きな歌を口ずさみながらすることが多かった。
そんなある日に、小学生の頃の事を思い出したのだ。
その当時の流行りの歌をみんなで大声で歌いながら、田舎の通学路に指定されていた、車の通らない農業専用道路を歩いて帰る。
その間は、皆、車への注意をしなくて良いのでのんびりとした気分でもあったのだと思う。
歌が始まると、何故だか躍り出す同級生が必ずいた。
それは決まった子ではなく、歌によって、クルクルと回ったり、手をつないで色々な子と走りながら踊ったりと、本当に楽しい時間だったことを思い出した。
田舎の小学校だったから、そんな風に歌いながら歩いていたのかな?
鼻歌を口ずさみながらサキは考える。
あんなに楽しい時間は小学校に行っている時だけで終わってしまった。
中学生にもなれば、大声で歌う事もはばかられたし、小学校の通学路の中でも、車通りの多いところは大人の目も多かったので、大声で歌ったりは誰もしなかった。
あの小学生の無邪気さの、田舎の農道の中で、その季節それぞれの高山植物に囲まれながら、澄んだ空気の中で、その時の流行りの歌を大声で歌い、くるくると回り躍る。
あの時間は今考えると本当に至福の一時だったのだと、思える。
このお腹の子供が小学生になる時には、あんなふうに歌ったり踊ったりするのだろうか?
もう時代が変わってしまって、そんなこともなくなるのだろうか。
子供時代だけは、誰にも邪魔をされずに、皆と楽しく過ごした毎日の下校時。
不思議なことに登校するときにはそんな風に歌ったり踊ったりはしなかった。その日の授業の事を考えたり、様々な学年の子がいたからだろうか。
下校時は、大抵同じ学年の子達の集団になることが多かった。
授業時間の関係もあったのだろう。
そして、するべきことが全て終わったという事で、何か解放された気持ちになったのだろうか。
あの不思議な楽しさを思い出しながら、サキはおなかの子供が育つときにもあんな時間が持てるといいなと、子供の幸せを祈るのだった。
【了】
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