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「私、入院中も頑張って練習したんだよ!お祖父ちゃんが大好きな歌だし、全部覚えたんだ!」
「そうかそうか、それは祖父ちゃんも頑張らなきゃね…!」
微笑ましい会話が続く中、先を急いでいた少年はムッとしながら勢い良く振り返った。
「葵!喋ってないで早く行くぞ!遅刻したら母ちゃん怒るぞ!先に向こうでピアノ持って待ってんだから!」
「はーい!」
何とも生意気そうな返事を返し、女の子は祖父の手を引いて喜々と走り出す。
咲き誇るモッコウバラのアーチを抜けて晴れ舞台へと急ぐ背を見送り、時計を見れば十時を告げる鐘がカーンカーンと鳴り響いた。
「なーるほど…」
静かになったバラ園で一人、呟きながらヘルメットを外し、吹き抜けた初夏の風に目を細める。
「…折角だし、ちーと鑑賞しますかね…」
誰が聞くともなく言葉を零し、深呼吸で近くの自販機へ。
いつもは買わないちょっと高めの缶コーヒーを飲み、気合を入れ直して午前後半の作業へ。
重いペグとロープの束を倉庫に仕舞い、茂り始めた草刈りの準備を進める。
軽トラに必要な道具を乗せ、ハザードを焚きながらゆっくりと賑わう園内を徐行。
着いた花壇の前、作業に勤しみながら聞こえて来た楽しげな祖父と孫の歌謡曲に耳を澄ませた。
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