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4月上旬
季節は春になり、満開の桜が公園を彩った。
桜の花弁は地面に張り付くと中々取れない。
明日は雨なので、少しでも被害を減らそうと背負いブロワーで豪快に園路から蹴散らしていった。
「わ、すげぇ!」
そんな声にハッとした。
大量の荷物を押し込んで、今にもはち切れそうなランドセルと手提げバッグを抱えたあの少年がいた。
「小父さん!今のもっかいやって!ブォーって!」
手提げバッグを放り出し、バタバタとポケットから子供用携帯を取り出しつつ、少年は目をキラキラさせながら要望。
あまりの興奮具合に面食らいながら、吹き溜まりの桜色を吹き飛ばせば、少年はその様子を携帯カメラで懸命に撮影した。
「…桜吹雪、起こしてあげよっか?」
頭上の大きな桜をブロワーのノズルで指し示しつつ、試しに聞いてみた。
少年は更に目を輝かせた。
「すげー!」
一面に吹き荒れる桜吹雪に少年は喜々とカメラを向ける。
あまりにも無邪気な姿に何だか嬉しくなったが、同時に長らく胸に抱えていた不安が過った。
―――やはり聞いてみよう。
迷ったが、胸に閊えたままは苦しかった。
「ねえ、君…」
意を決して尋ねようとした。
その時だった。
「ちょっと蓮兄ぃ!何、はしゃいでんの⁉」
そんな怒鳴り声と共に、片脚に矯正具を着けた黄色い帽子の女の子が、真新しいランドセルを重そうに担いでひょこひょこと急ぎ足で歩み寄る。
「葵!見ろよ!桜の竜巻!」
「もう!病院の検診遅れちゃうってば!今日はピアノもあるって言ってんじゃん!早く帰って練習しないと先生に怒られちゃう!リハビリセンターの所為で練習足りてないの!」
そんなの良いから早くしろとばかりに、女の子はご立腹。
あまりの怒り具合に男の子はまたしょんぼりして大荷物を担いだ。
「あ、小父さん!」
去り際、少年は思い出したように振り返った。
「薔薇って次いつ咲く⁉」
そんな問いに、思わず笑った。
「六月くらい!また遊びにおいで!」
大声で答えた。
本当は元気そうな姿に安堵で涙が出そうだった。
「ありがと!」
弾けるような元気な笑顔で手を振り、少年はドタバタと先を急ぐ妹を追いかけた。
病院の方向へと続く新緑の紅葉のトンネルを潜る微笑ましい兄妹は楽しげに【上を向いて歩こう】を歌っていた。
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