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8月上旬
どうしようもなく顎筋に汗が滴る。
この仕事を選んだことに後悔はないが、近頃の夏の暑さには困ったものだ。
午前の休憩時間となり、安全規定の為、着用を義務付けられたヘルメットを外せば、ムワッと熱気が解き放たれる。
ベットリと剃り上げた頭に張り付く手拭いを引き剥がし、トイレ脇の水道で豪快に洗いながら汗を絞る。
気付けば職人歴も十年を超え、ベテランの域に入った。
腰に下がる二種の鋏と鋸にも年季が入り、大きな現場を任せられる程度には上司からの信頼も得た。
今、任せられているのは市内有数の大規模公園の管理。
丁度、バラ園の改修工事もあって、その植え付け作業に当たっていた。
水分補給がてらドアを全開した車の座席で煙草を蒸す。
最近の流行りは加熱式だが、自分は火口から空に上る煙が好きで、それを眺めたいタイプ。
同じ植木職人で憧れだった伯父が、そういう人だった。
そろそろ仕事を再開するかと時計代わりのスマホを見ていると、風に乗ってピアノの音色とまだ幼い歌声が聞こえてきた。
――嗚呼、またあの子だ。
辿々しい歌声は公園の隣にある病院から流れてくる。
今日の一曲は【上を向いて歩こう】だ。
子供だと言うのに曲はいつも歌謡曲で、この前は加山雄三の【君といつまでも】を歌っていた。
アラサー間近の自分でも知ってる同年代は少ないと言うのに何とも渋い。
きっと入院している祖父母に弾き語りでもしているのだろう。
「よっと…」
そんな掛け声と共に重くなってきた腰を上げ、手拭いを頭に巻き直す。
微笑ましいBGMに耳を澄ませながら、自分も旋律を口ずさむ。
そうして歌に合わせて小躍りしながら、土に突き刺していた剣スコップを引き抜いた。
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