六 呉服屋有村屋の警護依頼

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六 呉服屋有村屋の警護依頼

「何をふて腐れておるのだ。妹のお喜代の功あればこそ成しえた事ではないか。  当初の其方の考えなら、その十両は強請られた商家の主へ渡す金子だったのだぞ。五両も得たのだ。それだけでも、良しせねばならぬ」  森田は宗右衛門と共に北町奉行所を出た。呉服橋御門を抜けて日本橋呉服町の呉服屋有村屋へ歩いた。北町奉行所から呉服町の呉服屋有村屋まで三町ほどだ。 「たしかに十両貰えると思ってました。それが藤堂様のご指示で半分になっちまった。  ええいっ、そんなこたあどうでもいいんです。町方だって夜中まで呉服町界隈を警護できるとは思いませんぜ。建造と梅が森田さんに仕返しできねえとわかれば、次はあっしの呉服屋だ。妹のお喜代の顔は建造に知られてる。襲撃されるかもしれねえ」  宗右衛門は妹喜代の身を案じている。 「わかった。それ以上話すでない。妹が店先に出ておる・・・」  いつのまにか森田と宗右衛門は、呉服町の呉服屋有村屋に着いていた。 「あれ、お帰りなさいませ。無事に女と無頼漢をとっ捕まえて焼きを入れましたか?」  客を送りだした喜代は笑顔で森田を迎えた。 「焼きを入れましたが逃がしました。強請った金子は北町奉行所に届けました」 「あれまあ、それは残念でしたなあ。昼餉を食べましたかえ?」 「おお、忘れてました!  その前に、北町奉行所の与力の藤堂八郎様から、此度の事件解決への功労に、宗右衛門さんとお喜代さんに五両ずつ頂きました」 「そういうことだ。手を出しな・・・」  宗右衛門が懐から金子を出してお喜代の手に五両を握らせた。 「おやまあ、ありがたいことです!  遅くなりましたが昼餉を用意しますね!ささっ、中にお入りください」  喜代は有村屋に入っていった。 「森田の旦那。今宵はここに泊まって、お喜代とあっしを守ってくだせえ。あの二人をとっ捕まえるまで、ここを警護してくだせえ」  宗右衛門は森田を案内して有村屋に入り、己の五両を森田に渡した。 「そうは言っても、墨田村の仲間に、ここを警護する旨を知らせねばならぬ・・・」  石田たち仲間に、呉服屋有村屋の警護依頼を受けたと知らせに戻れば、その間はこの呉服屋有村屋の警護がおろそかになる・・・。  そう思って森田は宗右衛門に言う。 「番小屋に使いに参った者を、また番小屋に走らせ、私がここで警護する事を伝えさせてくれまいか?」 「ようござんす。あの使いの者は太助といいます。また、太助を使いに出しますんで」  宗右衛門は店の帳場で文をしたため、店先にいる太助を呼んで、墨田村の番小屋にいる始末屋仲間の石田たちに文を届けるよう、使いに走らせた。 「サッ、これで良うござんす!昼餉にいたしやしょう・・・。  ところで、森田の旦那は、御内儀がおいでですか?」  宗右衛門は店の奥へ行きながら森田に訊いた。 「正式には居らぬが、それらしき女は居る」  森田たちは日替わりで吉原の小見世に泊まり込み、小見世を警護している。皆、小見世の下女たちと理無い仲になっている。  その事を話すと宗右衛門は残念そうに言う。 「あっしが御内儀についてお伺いしたのは、妹のお喜代の事なんでして・・・」  森田が下帯一枚で妹のお喜代に着物を縫って貰っていたとき、宗右衛門は森田を、妹の喜代の元に潜んできた間夫と勘違いして森田を匕首で襲ったが、一瞬に足蹴にされて宗右衛門は気を失った。その間に、森田は妹喜代の前で全裸となり、下帯と肌襦袢と着物を着換えている。  宗右衛門によれば、兄の宗右衛門がいるとはいえ、妹喜代は生娘で、男の全裸を見たことがなかった。それにもまして、肝の据わった森田の態度と人柄と、身の丈があり、剣の修業で鍛えた精悍な体躯の森田に、喜代は一目惚れしていた。 「さて、どうしたものか。無頼漢を成敗するのと違うて、難題だな・・・」  呉服屋有村屋の警護もさることながら、難題続きだと森田は感じた。
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