七 お喜代 

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七 お喜代 

 森田と宗右衛門は、喜代が森田の着物を縫っていた座敷で昼餉を食い終えた。  喜代は森田の膳を横に置き、森田の前に正座して畳に手をついて御辞儀した。宗右衛門が喜代の気持ちを森田に話したのを確認したらしく、事も無げに言う。 「あたし、森田様に一目惚れしました。先日、森田様の身体を見た後なので、お慕いしていますなどと、きれい事をは言う気はありませぬ。  御内儀にしてくださりませ」  喜代は再び畳に手をついて森田に御辞儀している。  ひれ伏すように御辞儀したままの喜代の姿を見たまま、先手を取られた森田は返答に困った。難題続きどころではない。目の前に喜代が居て、押しかけ女房の如く、喜代の心は森田ににじり寄っているのだ。剣の修行や悪人を懲らしめるのは造作も無いが、森田は女御から直に、女房にしてくれ、などと迫られたことがない。  そうは言っても、吉原の橘屋の下女の絹と理無い仲になった経緯は奇妙だった。  廊下の角をまわった所で森田と、配膳していた絹は鉢合せし、絹は膳を放り上げて森田の胸にしっかり抱きつき、森田は絹を抱きしめた。そこへ、絹が運んでいた膳と熱い汁物が降ってきた。森田は手刀で膳と汁椀を叩き落として絹の身を守ったが熱い汁は背丈がある森田に降り注いだ。  その後、絹は火傷を負った森田を手当てした。手と肌が触れ・・・。  喜代と森田の出会いは、斬られた着物を喜代が縫い、宗右衛門が、下帯姿の森田を、妹喜代に手を出した間夫と勘違いして襲った。始末の依頼を受けて呉服屋有村屋に来た森田は冷静に対処して宗右衛門を気絶させ、斬られた着物の縫いを待つことなく、着ている物を全て新しい物を用意させて、喜代の前で全裸になって着換えた。  その様子を見ていた喜代は、冷静で潔い森田に一目惚れし、筒持たせした梅と建造を懲らしめるのに協力したのである。 「お喜代さん。私には祝言を挙げては居らぬが、女房と呼べる女が居る。  すまぬな」  森田はきっぱり言った。 「・・・」  喜代はしばし言葉が無かった。顔を上げると再び御辞儀して、森田と宗右衛門が食した膳を下げて、座敷を去った。 「宗右衛門。先ほど、話したとおりだ。喜代さんを取りなしておけ」 「へい、わかりました・・・」 「夜に備えて、しばし横になる・・・」  森田は傍らに打刀と脇差を置き、その場でごろりと横になった。
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