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「ヒクくらい前っていつだよ」
「中学生の時から。振られてからもずっと華が心の中にいて、華に追いつきたくて同じ世界に入った」
律は諦め半分に心の裡を語る。
まさか、あの後からずっと心の中に華を宿していたと言うのだ。しかもこの道に入ったのも華を追いかけるためだったなんて。(正直ちょっときもいけど)頬が緩みそうになり、まだニヤついちゃいけないと堪える。
「ふーん。そこまでなのになんで? この私を振った!? マジであんたいい度胸してるよなぁ?」
「う、それはだね……」
「私と付き合うなって、誰かに脅されたの?」
慎重に確認しなければならないのはそこだ。肇がどの程度絡んでいるのかどうか。
「え、脅すって何だそれ」
「あのオッサンに脅されてるとかじゃないんだな?」
「あのおっさん? あぁ、お父さん?」
律のこの反応。これは亜澄の言う通り、妹のような事態には至ってないようだ。
「お父さんには、君には釣り合わない、って釘さされた。フリーランスで後ろ盾がないのもその通りだと思う……だから組織に戻ったんだ」
真相は、華の思った通りだった。
『今は』応えられないから振った。
「少しでも華に見合う男になりたくて……」
――なんだよそれ、くっそ腹立つ。私だって傷ついたんだぞ。辛い気持ちを思い出すとぶん殴りたいくらい腹立つ。
が……。
シュンとしてる律が、なんかめちゃくちゃ可愛い。
犬だったら確実に耳がぺたんこになってるやつだ。
「でもまさか俺が頑張ってる間に華の結婚が決まるなんて思ってなかったんだ……」
アタマを抱え掻きむしっている。
――あ、そうか。華がここに来てこんな問いかけをしている理由を、律はまだ知らないのだった。それを伝えなくては。
「結婚はしない」
目をぐりんぐりんに丸くして、口をぱくぱくさせ言葉も出てこないという感じ。
そして膝の力が抜けたのかへなへなと地面にくずおれた。
「ほんとに……?」
泣きそうな顔で華を見上げる。
「まあ、正確にはまだ破談になってないけど」
「え……!」
天国に登ったり落ちこんだり表情が忙しい。
「そんな不安そうな顔するなよ」
しゃがんで、同じ目線になり頬に手を添える。
「私はあんたが好きなんだ」
と告げるといよいよ泣き出した。
――えええ!? こんな風に唇を噛んでぽろぽろと涙と嗚咽をこぼす男、そうそう見れやしないぞ。
――律って、こんなキャラだったか? なんかもっと強気な男だったような気がするけど……まぁいい。この犬感、これはこれでSゴコロをかき立てるものがある。
「で? 私に見合う男とやらにはなれたのか?」
「う゛っ……」
まだです……って顔をしている。
「どんだけ頑張ってもあのオヤジは認めないよ? あんたが悪いわけじゃなくて、あのオヤジのキャパの問題だから気にすることじゃないよ」
残念ながら、律が出世しようがなんだろうが肇が認めることはないだろう。だからあいつがどう思うかとか、そんなのは気にするだけ無駄。
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