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「緊張した……! こりゃあタバコ吸わなきゃやってられん!」
ズカズカ喫煙ルームにやって来た律は胸ポケットからタバコを取り出し、緊張が解けた表情で咥える。ライターが点かないようなので火をくれてやる。壁に背を預けたふたりは、思い思いに紫煙をくゆらせる。
「あのさー。ステージで泣く奴があるかよ」
「嬉しかったからしかたがない!」
律の死にそうなほどの努力や、かける想いも分かっているのであまり茶化さないでおく。
「おめでとう。やったな」
――今日ばかりは手放しで勝利を讃えてやるさ。それが正しいライバルの姿ってもんだろう。
「なぁ」
ぎゅっとタバコを揉み潰し華に向いた顔は、ムカつくライバルの顔ではなく、ましてや犬みたいな懐っこいものではなく。きりっとした真剣なものだった。
「今夜、誘っていい?」
律は栄誉をつかんだ。彼自身が思う『華にふさわしい男』になった。華は別に気にしちゃいなかったが、あの父親への手前もあるし、男としてのプライドもあったのだろうと察せられる。
「ま、ご褒美だよな」
「ヤッタ! じゃ、部屋とってくるわ!」
目をたいへんキラキラさせて、ぴゃーーっと出て行った犬に笑う。
肇がなんと蔑もうと、横槍を入れてこようと、これからも大声で言ってやるんだ。『私の男は凄いんだぞ』って。
それにこの空白の期間、律ばかりが頑張っていたわけじゃない。
華も待っていた、律がいいと思える時まで。今までならイライラしたらそのへんのテキトーな男と夜を共に過ごしていたわけだが、ひとりでの時間の過ごし方を覚えた。
「華! 部屋、空いてるって!」
「そりゃあそうだろ」
戻って来た律はルームキーをかかげてキャッキャしている。
こんな大きなホテルでそうそう満室になるはずがない。なにをそんな死ぬほど嬉しそうに……嬉しいか。久しぶりだもん。
で、部屋の中。夜景の見える部屋のはずだが見向きもせず華をぎゅうううっとハグする。
「このドレス背中開きすぎじゃね。ガン見してる男のつま先おもいきり踏んづけたろかと思ったわ」
華のドレスは真っ赤で派手な色ながら正面から見れば普通の形だが、後ろから見ると背中がかっつり開いて鍛え上げた背筋を見せつけるタイプのものなのだが、気に食わなかったらしくブーブー言ってる。
「まぁ、THE・新堂華って感じがしてカッコいいけどな」
「これかっこよく着こなせるの私くらいじゃない?」
「間違いない」
可愛い服も前ほどアレルギーはないが、やっぱりカッコいい方が好きだ。
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