LOVE - LESS

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「佐藤製菓の佐藤と申します。この度は、このような栄誉ある賞を頂戴し、とても光栄に思います」 壇上でスポットライトを浴び、顔を赤らめる初老の男性は千を悠に超える顔に向かって謝意を述べた。 「この広告の誕生秘話をお話しさせてください。実は広告担当の方からコンセプト案をいただいた時、私は仰天してしまい――」 開催数を70回を超える、総合広告代理店『翔伝(とでん)』による伝統の広告賞、その最高位を与えられた作品を手がけた『広告担当の方』こと新堂華(しんどう はな)は、挨拶を見届けると踵を返し会場を後にした。 サトウ製菓は『相思相愛』という日本では知らない人がいないではと思うほど有名な北海道の観光土産を作っているメーカー。 『相思相愛』はクッキーでホワイトチョコレートをサンドしたお菓子で、北海道の雪のイメージを保つために35年前の発売当初からずっとホワイトチョコレート味のみの販売だったが、満を辞してビターチョコレート味を発売することになった。華が依頼を受けたのは、その広告クリエイティブだった。 【強力ライバルが現れて不安】 【苦い想いはしたくない】 ビターチョコレート味を恋のライバルに見立て、相思相愛の彼氏目線でのキャッチコピーが後に斬新で秀逸だといくつかの広告賞を受賞するに至るのだが、その時の佐藤は仰天と言えば聞こえはいいが、かなり難色を示していた。『もっと無難なキャッチコピーがいい』と何度も訴えた。 異を唱える佐藤に反し、役員や宣伝部員の評判はよかった。単純に発想が面白いと感心する人もいれば、キャッチコピーは目を惹くことが肝心だと広告論を説く人もいた。 結局佐藤は多数決意見に飲まれる格好でGOサインを出した。入稿するその時まで覆されるのではないかとハラハラしたが結果、両製品共に数字を伸ばしている上に広告賞というオマケまで付いてきた。記事になるのでまた売り上げが伸びるだろう。 数字が伴えば経営者は笑顔になれる。すっかり気を良くした佐藤は『次は彼女目線の広告も出そう』と誰よりもノリノリなのだから、全面的に良かったと言える。 大宴会場を出ると華はエレベーターに乗り込み5階のバーへと向かった。賞の余韻に浸るでもなく、頭の中は既に次の仕事に切り替わっている。 製品リニューアルに伴い広告クリエイティブも一新するコスメのPRISM、新商品を出す清涼飲料水メーカーのSHUGAR、人気歌手の新曲のアートディレクション、文化系ファッション誌の連載、そして佐藤製菓の彼女目線版。 競合コンペの打ち合わせ、ロケハン、オーディション……そのすべては同時に進行してカレンダーを小刻みに埋め尽くしている。 11月下旬に入ってぐっと寒くなったせいか、コピーライターとグラフィックデザイナーが立て続けにインフルエンザに罹り倒れた。必要な戦力を欠いで、負荷のすべてはクリエイティブチームの総括である華にのしかかっている。 それでもやるしかない。 ――だが。 華はバーに着くとカウンター席に座った。照明と内装で全体的に色彩が黒と金色にまとまっている。それならばとウイスキーをオン・ザ・ロックで注文する。横のスツールに置いたクラッチバッグからスマホを取り出し3人の男に同じメッセージを送った。弁護士、スポーツ選手、俳優。 『今から会えない? 汐留のオーヤマホテルにいる』 生理明け、徹夜明け、迫りくる次の締め切り。こういった一種の極限状態にあると、どうにも身体が疼いてたまらなくなるのが、人気クリエイター新堂華の負の一面だった。 もっとも華本人はそれを『負』だと認識していないが。 ――発散しなければ、いい仕事にとりかかれない。 以前禁欲をしたらコンペに立て続けに負けた。 したい時にしなければ、私は輝けない。 男が欲しい、今すぐ欲しい。 が。
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