LOVE - LESS

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華は1階に降り、フロント横の喫煙スペースに飛び込んだ。急速に禁煙化する世の中のために急ごしらえで設置しましたというのがありありとうかがえる、簡単なガラスで区切られた狭い喫煙ルーム。 ぽつんと置かれたステンレスのスモーキングスタンドの横で、スーツ姿の男がひとり煙を撒いている。メンソールのにおい。華はスタンドを挟んで反対側に立った。 アメスピの黄色の箱から一本取り出し咥える。ジッポで先端に火を付ける。苦味と共に爽快感が肺に入り込んできた。白煙が体の中の(おり)の一部をさらって、ニコチンが苛立ちをなだめてくれる気がする。 ――だからタバコは止められない。 なんの変哲もない天井を見て、ロクに形にならないと分かっていながらもPRISMの新リップティントのキャッチコピーを考え始めた。リップティントというのは、落ちにくいリップアイテムのことだ。 【ずっと、わたし、色めく】 【永遠色】 ――ぴんとこないなぁ。 PRISMは友人の会社で、初代からずっと華が専属で広告クリエティブを担当している。業界風に言えば、ブランドAE代理店というやつだ。 若いベンチャー企業のため費用の問題でテレビCMなどのマスメディアは打ち出していないが、韓国で流行っていたリップティントを日本でいち早く展開したこと、中高校生でも手の届く価格帯であること、さらに『両思いリップ』というキャッチと、洗練されたブランドイメージがSNS上で反響を生んだ。今ではもうベストコスメ常連の人気商品だ。 テレビ広告とインターネット広告の広告費は逆転し、圧倒的ウェブの時代。『両思いリップ』のようにウェブ層に刺されば勝手に拡散していくが、それが非常に難しいのも事実。また、ひとつヒットすれば類似商品が追いかけてくる。 そのためクリエイターは試行錯誤し、インプットし、進化しなければならない。常に新しい表現を、前よりもインパクトのある表現をクライアントに提示しなければならない。 それなのに、何日経ってもぴんとくるものが出てこない。華はくしゃっと髪を掴んだ。 クリエイターは、しんどい。時間があれば必ず良いアイデアが閃くというものでもないからだ。閃きという小爆発は、いつどこでやってくるか分からないし、やってこないかもしれない。 アイデアが出てこない時は、自分はもう終わったんじゃないかという不安にも襲われる。 イライラしながら1本目を潰し2本目を咥える。ところがフリント・ホイールを回しても一向に着火しない。――なんだよ、壊れたのかよ。ジッポは7万回以上回せるんだろ。まだ5万回くらしか回してないのに壊れんなよ。 じゃりじゃりやっている女を見かねたのか、隣の男がライターを差し出してきた。 「ありがとうございます」 華は男に礼を言って火種に顔を近づけた。肺に煙を入れて吐き出すと苛立ちがほんのひと刷毛(はけ)拭えた。 相変わらず考えても納得いく案が浮かばず、クセで髪を掴んでしまう。 「あ」 男が声を漏らした、と認識すると同時に指の隙間からタバコがすり落ちていくのを見た。集中しすぎるあまりタバコ持ってることを忘れていた。 やばっ、太ももに落ちる――そう思った時、横から腕が伸びてきた。高温度の火を含んだタバコが、男の手のひらで着地する。
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