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「……っ」
「わぁっ!」
男は声にならない悲鳴をあげ、顔をしかめながらもう片方の手で灰が舞わないように覆って、スモーキングスタンドの中にさっと払った。
「ごめんなさいっ!」
華は男の手を取った。男性にしては白くてきれいな手なのに焼けて赤くなってしまって、大いに焦る。
「大丈夫ですか!?」
「いや、平気です」
「ちょっと来てください!」
タバコの温度は何度だったか……絶対に熱い。痛い。
すぐ冷やさないとまずいと、腕をぐんぐん引いて奥にある多目的トイレに入った。手洗いのセンサーに手をかざし蛇口から流れる水の中に男の手を突っ込む。ざあざあとひたすらさらす。
「ぼーっとして申し訳ありませんでした! すぐに病院に――」
言いかけると、彼は反対側の手をぴっと上げて遠慮のジェスチャーをする。
「大丈夫です。これくらい」
「じゃあ、せめて氷とかあてたほうが……」
「本当にもう大丈夫ですよ」
そう言って水の中の手を引っ込めた。慌ててバッグからハンカチを取り出そうとしたが、彼は自分のポケットからハンカチを取り出して手のひらの雫を拭う。それを再びポケットにしまうと、失礼とひとこと断って華の髪にそっと触れた。
「髪に灰、ついてました」
――紳士だな。さっきのクソみたいな酔っ払いとは大違いだ。
トイレから出るとまっすぐ喫煙スペースに戻って行く。ここでサヨウナラというのも変だし、まだタバコが欲しいので華はその後ろをついて行った。
さっきまでと同じ位置におさまってふたりしてタバコを咥える。
「懲りずにすみません」
ジッポを擦るがやっぱり火が着かず、彼がくすっと笑って火をくれた。
「危ないから、考えごとしててもタバコは離さないようにしてください」
咥えながらもごもご言う。それにしてももの凄い反射神経だった。よく見ていた。彼がいなかったら、体に焦げ跡がついていたのは自分だ。
「もう指にくっつけときますかね」
「ははは。ボンド持ってねぇや」
冗談で軽く笑い合い、互いにぷかりと煙を撒く。しばらく黙って煙らせていたが『それにしても』と親しみやすい笑顔を向けてきた。
「パーティーを抜け出すのが早くないですか? 新堂華さん」
「それはこっちのセリフでもあります。深澤律さん」
世間話程度しか話したことはないが狭い業界なので知っている。彼は同い年の売れっ子フリーランスデザイナーで、今回は最高賞こそ華が受賞したが、彼の手掛けた作品も他の賞に含まれていた。平たく言えば同業同職のライバルだ。
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