LOVE - LESS

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標準的なツインの部屋だ。ベッドが並んでいてその奥に細長いソファと小さなテーブルがしつらえてある。ワゴンを転がしたホテルスタッフが、シャンパンとグラス、適当に頼んだライトミールをテーブルに置いて行った。 その間、律は窓際で外をぼんやりと眺めていた。7階では大して何も見えやしないだろうに。スイートにしようかと提案したが、固辞されてこの部屋になった。女性側からの誘いなのでまぁそれはそうだろう。 この後どうなるかは互いに分かりきっていて、本音を言えばこんな前置きなど要らないが、一応理性的に建前を消化しようとした。 「乾杯しましょうか」 スタイリッシュな円錐型のシルバーのシャンパンバケットから冷やされたボトルを取り出してラベルを剥ごうとすると、外を眺めていた律が気付いて隣に座った。ふたりの重みできゅっとソファが軋む。 タバコで火傷した手がボトルを掴んだ。ボトルは結構重いので代わりに注いでくれようとしているのかと思ったが、違った。律はボトルをそっとテーブルに戻すと、華のむき出しの両肩を押して後ろに倒した。 世界が反転するのと共に視界が薄暗くなって律以外のものが見えなくなった。体が覆いかぶさって胸に軽い圧力を感じると共に唇が重なった。 柔らかく、温度がある唇。メンソールのすっきりした味。 顔や性格に関係なく生理的に嫌なキスをする男がいるが、そういう男とは父親とキスしているような気持ちが悪さがして、結局それ以上はできない。遺伝子が近い者と間違いを犯さないように人間の体はできている。 そういう意味で、この男は大丈夫だ。 もっと欲しい……と思える。 一度顔を離して上から華をじっと見据える。視線は逸らせないほど熱く、溶かされそうだ。なぜそんな? と疑問に思うが熱視線に釣られるように体温が上がってきた。とくとく、皮膚の下で心臓が鼓動する。 華の胸が高鳴るのは、男との間で欲望がぶつかり合っている時。昔はこのドキドキこそが恋なのだと錯覚していたが、時間が経つほどにそれはただの勘違いなのだと気付いた。 自分を動かすものは愛ではなく、性欲。 律は、まるで最愛の恋人でも見るような切なげな表情を浮かべ華の頬を撫でる。乱れた毛の束を指ですくって耳にかける。慣れてる男は甘い空気作りがうまい。息を飲んだせいで突き出た喉仏が生き物のように蠢いたのが、色っぽい。 再び顔が近づいてきて軽く啄んだ。と思ったら、あっと言う間に唇が深まっていく。 「ん……っ」 思わず漏らした声の隙間からとろりとした舌が入り込んでくる。次々と甘い吐息を漏らしてしまうのは体調のせいか。それとも彼のキスが思っていたより上手でロマンチックだったからか。柔らかな舌先が絡み合い、唾液と吐息が濃厚に混ざる。何度も角度を変えるのに、めちゃくちゃやってるわけではなく着実に官能を刺激してくる。 唇を離すと何も言わずただ見つめ合って、またどちらからともなく惹かれ合っていく。間の取り方、呼吸のリズム。合わせているのか自然なのか分からないが、テンポが合って心地良い。ぬかるみに足を入れた感じ。心地よく沈んでいく。 空気が自然に蜜を帯びてくる。キスがうまい男はだいたい行為も巧い。シャンパンに一切手をつけず求めてきた気取らなさも可愛いと思う。ほとんど初対面みたいなものにしては熱っぽいのは、たぶん飢えているからだろう。 飢えた者同士が、今夜うまい具合にマッチングしたのだ。
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