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――しかし10日ほどその部屋に住んだ頃、窓を開ける機会が訪れてしまいました。
窓の外から、大きな「ドシーン」と落下音がしたからです。私は音の正体を確かめようと、窓を開けました。音の正体を見定めようと見下ろし、路地を見回しました。
しかし、特に変わった事は何もありません。
(なんの音だったのだろう?)
私は不審に思いながら顔を起こし、正面を向いて息を呑みました。
黒目がちに大きな瞳が、私をまっすぐに見つめていました。その美しい瞳に、私は心を吸い込まれるような、そんな感覚を抱きました。美しい瞳の持ち主は、若い男性でした。揺れる眼差しに、優しげな笑顔。白く透き通った肌に、弓形の形の整ったピンクの唇。中性的な美しい顔立ちで、背が高くスラッとした体型をしていました。
――綺麗な若い男性。
私は一瞬で心を奪われてしまいました。
彼が私にいました。
「音がしたので、出てきてみたんですが。何もありませんね」
私は緊張しながら、彼に答えました。
「……はい、大きな音でしたが、見たところ何もありませんね」
「あなたには、今日初めて会います。お隣に住んでいるのに」
「そうですね」
「もうどれくらい、その部屋に住んでいるのですか?」
彼に質問されて、私は正直に答えました。
「10日程です」
「そうですか。初めてお会いしましたね」
優しげな笑顔に見惚れながら「ええ」と言いました。
彼が私に聞いてきました。
「あなたの名前は何ですか?」
「西島明音です。明るい音と書きます」
「明音さんですか。良い名前ですね。僕は沖田義人です」
「沖田義人さん……。沖田さんですか」
沖田さんが微笑んで言いました。
「そうです。これから、よろしくお願いします。音の正体は分からなかったけど。こうしてお隣さんと知り合えました。嬉しいです」
私は、沖田さんの感想と自分の思いを重ねるように、つぶやきました。
「嬉しい……」
「ええ、僕はこの部屋から出られないんです」
「出られないって……。どうしてです?」
私は沖田さんが大人の“引きこもり”だろうかと思いました。
彼の表情は沈みます。
「理由は……。いえ、どうしても出られなくて、いつも一人で部屋にいるのです。なのでとても寂しいんです。時々でいいので、こうしてお話をしてくれたら嬉しいんですけど」
私はやはり”引きこもり”なのだと思いました。
「部屋から出られない理由は、精神的なものでしょうか?」
「どうかな……」
困ったように沖田さんが言いました。
私は、初対面で色々聞いては、沖田さんに失礼だと思い、聞くのをやめました。
「私で良ければ。沖田さんとお話をさせてください」
「ありがとうございます」
沖田さんが再び笑いました。
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