29人が本棚に入れています
本棚に追加
すうっと店主が息を吸い込んだ音に、緊張していた空気が緩む。
店主は先ほどまでと変わらぬ笑顔を浮かべていた。
「成功しましたよ」
老女は嬉しそうに目を細めた。
「ありがとう。私の姿が無事に記憶に残っていたのね。もしよければ、そのオルゴールを息子に郵送してくれないかしら。明日の朝には施設の方のお迎えが来るから、郵便局に行く時間がないのよ」
店主は、首を横に振った。
沈んだ表情をした老女に、店主は笑いかけた。
「差し出がましいことを申しますが、こちらはあなたがお持ちになった方が良いかもしれません」
きょとんとした老女に、店主はオルゴールのネジを巻き始めた。
「一度、見てみてください」
ごくりと唾液を飲み込む音がした。老女の視線はオルゴールに注がれている。
店主は目尻に笑い皺を宿して、ゆっくりとネジから手を離した。
流れ出した音楽とともに、家に宿っていた記憶が老女の頭の中に流れ込んだ。
最初のコメントを投稿しよう!